キリコが部屋に戻るとベッドは空だった。
どこに行ったのかと周りを見渡すと、浴室からシャワーの音が聞こえる。
キリコはふうと大きい溜息をつきながら、ひとりがけのソファーにどさりと座った。
ツテを頼って色々な情報を集めた結果、あの男の話が嘘ではないということがわかった。
偶然の産物で、もう量産はできないがその薬の存在は確かだった。
そんなものを何に使うのかと思ったが、数回使用すれば元の体には戻れないほどの強力さを持つらしく、つまり手軽に男娼を作れる、例えノーマルであっても投与さえすれば自ら腰フル男娼が出来上がるのだ。
女ほどでなくとも男にも需要はある。闇家業の風俗経営に役立つらしい。
BJがどれほどの量を使われたかわからないが、まだ一回だけだ。
セックス中毒になるほどではないはずだ、と少し安堵する。
そこまで考えてハッとし、「なんで俺が巻き込まれなくてはならないんだ。あんな奴放っておけばいい」そう思うのに、意外と人が良いキリコは今更あんな状態のBJを見捨てることが出来なかった。
ぐるぐると考え込んでいたキリコだったが、ふと我にかえる。
随分時間が経っているのにBJが浴室から出てくる気配がないこと訝しく思ったのだ。
まさか気を失ってるのではないかと「くそっ、手のかかる奴だ」と舌打しながら呟き、浴室のドアをあけた。
まず、冷え切った浴室内に驚いた。
そして、冷水を頭から浴びてぐったりと座り込んでいるBJの姿が目に入る。
同時に雄の匂いが鼻腔を擽る。
BJが何をやっていたのかわざわざ聞かなくてもキリコは瞬時に理解した。
キリコと同室でいつ帰ってくるかわからない状態なのに、行為に及んだということは相当つらいということだ。
プライドの高い男だから普通なら意地でも我慢するはずだからだ。
とりあえず気がつかないふりをしてゆっくりと近づく。
「おい」
降り注ぐ冷水を避けてシャワーをとめ、BJの腕を掴むがあまりの冷たさに思わず手を引いた。
どれだけの間冷水を浴び続けていたのか。氷のような冷たさだった。
掴まれた感覚で正気に戻ったのか、BJはビクリと震えると顔をぱっとあげた。
冷え切っているはずなのに、頬や首筋などはうっすら上気して薄いピンク色に染まりっている。
反射的につい視線を下げて見てしまった股間のモノは半だち状態だった。
BJの全身を視線にいれた瞬間になにやらゾクリとした感覚がキリコの背筋を貫いた。
いつも強く睨みつけてくる瞳が弱々しい光を放ちながらも欲情に濡れているせいか。
それとも傷だらけだが張りのある肌が水を弾きながらもぐっしょりと濡れそぼっているせいか。
広がる雄の匂いにBJの行為を想像したせいか。
はっきりとした理由はわからないが、キリコを襲ったのは間違いなく欲情だった。
それを自覚したキリコは自分自身が信じられなくなる。
相手は男、それもよりによって宿敵ともいえる奴だ。決して性欲の対象になる相手ではない。
きっと、この異常な事態に判断基準が狂ったのだと自分に言い聞かせる。
キリコは内心の動揺はまったく表に現さず、BJを見下ろした。
「ほら、立て。いつまでそんなところに座り込んでいる気だ」
「・・・うるさい」
キリコが気がついたことに気がついて、BJは羞恥と屈辱感に低く呻いた。
放っておけばいいのだ。なぜこの男は今ここにいるんだ。
八つ当たりともいえる苛々感が湧き上がってくる。
「なに?」
「大きなお世話だ」
体中が熱くって仕方がない。
今にも暴走しそうな体を必死に理性で押しとどめている状態だったBJは、己を保つためにも忌々しげに言い放った。
その言葉にキリコはカチンときた。
犯されかけているところを助けてやって、自分は逃げなくてよかったのにこの男の言葉に唆されて一緒に逃げた挙句、苦労して薬の情報を収集して来たのになんだこの態度は。
別に世話を焼きたくって焼いたわけではない。とちらかといえば巻き込まれた感が大きいのに。
「それは悪かったな」
そう冷たく言い放つと、キリコはバスローブを掴んでBJに投げつけた。
「大きなお世話ついでに教えてやろう。その薬はあの男が言った通りのものだぜ」
弾かれたようにBJが顔をあげる。
「薬は専門なんでね。ツテを使って調べたが嘘じゃなかった」
BJの瞳が驚きで大きく見開らかれる。
媚薬であることは身をもってわかっていたが、効果は大げさに言っているだけだと思っていた。
いや、思いたかった。
男との経験などない体なのに、直腸内が熱く刺激を欲しているのだ。
だが、放っておけばヤマが超えればこの欲は引くものだと考えていた。
少し我慢すれば。今夜一晩乗り越えればこの熱はおさまると自分自身に言い聞かせていたのに。
張り詰めていた糸が切れて、BJは脱力した。
「嘘・・・だ」
「本当だ」
「嘘だっ!」
冷たく否定するキリコの言葉に怒りを感じて、自分を見下ろす男を睨みつける。
「嘘かどうかおまえさんの体が一番良く知ってるんじゃないのか」
「!」
「お前の選択はみっつ。このまま我慢して気狂いになるか。男を漁りに街にくりだすか。それとも」
自分は何を言っているんだと思いながらも口は動き続ける。
「俺に抱かれるか」
BJの表情がふいをつかれたようにポカンとした。
言ってしまったキリコはそれを言葉にした途端、うろたえるよりも開き直った。
目の前でBJの顔が驚愕の色を浮かべるのをじっとみつめる。
「な、なにを・・・言って・・・」
唇をふるわせながらようようの態で言葉を紡ぐBJの瞳が一瞬揺らいだのをキリコは見逃さなかった。
冷水を浴び、己を慰めて熱を沈めようとしてたのだ。
薬を塗布されてからだいぶ時間も経っている。耐え難い欲望に襲われているはずだ。
その証拠にさっきは半立ちだったものが、会話をしている間にも徐々に立ち上がり、今ではすっかりと勃起している。
どうしても煽られる。
この強情で、キリコを否定ばかりする男を組み敷き好き放題にするという誘惑に抗えない。
キリコは一気に自分が欲情するのを感じた。
「決まりだな」
そう言ってBJの腕をとり無理矢理引き摺り立たせ、そのまま肩にかつぎあげる。
「お、おいっ、ちょっと待て!」
この状態で暴れられたら堪らないと、キリコはBJの尻肉を鷲づかんだ。
「アッ!」
BJの体がビクンと震え硬直し、抵抗がとまる。
その隙にキリコは大股で浴室を出ると、そのままベッドにBJの体を放り投げた。
「うわっ!」
高いところから投げ落とされたBJは、ベッドの上とはいえ強い衝撃をうけ両目をギュッと瞑り息をとめた。
キッシキシとベットが軋み体が跳ねる。
軋みをとめるようにBJの顔の横にキリコの手がつかれる。
近い人の気配にBJが目をあけると、キリコが覆いかぶさっていた。
「冗談は・・・よせ」
キリコの本音はわからないが、目が本気だと訴えている。
口では抵抗の言葉を吐くが、欲の篭った視線と圧し掛かる男の姿に、暴走寸前のBJの体は快楽の期待に打ち震え始めていた。
「冗談かどうかはすぐにわかる」
BJの目をみて、理性と欲望がせめぎあっているのを感じる。
だが、なけなしの理性はすぐに消えるはずだ。その証拠にBJは抵抗らしき抵抗をしない。
キリコ自身、BJを抱くことに抵抗がある。
できれば遠慮したいと理性は訴えるのに、体は制御できずに暴走をはじめた。
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