深夜だけあって施設内は静まり返っていた。
この様子から推察するにBJを襲った男の行動は単独プレイだったらしい。
キリコはそう考えながらも今更引き返すことはできないと、BJと一緒に駐車場まで走る。
置いてある場所は何度もみていたのでキーを手に入れることは簡単だった。
ふたりで車に乗り込むと、そのまま静かにひっそりと施設を脱出した。
運転席に押し込められたキリコは「なんで俺が」とブツブツ言いながらもハンドルを握った。
いつ追ってくるかという緊張感からふたりは押し黙ったまま車を走らせる。
施設からかなり離れると安心したのか、BJからピリピリした気配が消えた。
と同時に、助手席で苦しそうな様子をみせはじめた。
両手で自分の体をしっかりと抱え込み、体を前に倒し丸まる。息も荒く、こめかみに脂汗が浮いている。
「おい、どうした」
「・・・なんでもない」
なんでもないように見えないから聞いたのだが、BJは答える気はないらしい。
「何があった?いい加減に説明しろ」
ならばと、この逃避行の理由を問いただすことにする。キリコには聞く権利があるはずなのだ。
だが、BJは押し黙ったままで何も答えない。
焦れながらも何度も問うが、BJは完全に無視を決め込むつもりなのか一言も発さない。
さすがにキリコも切れた。
訳のわからない状況で逃げるのは色々と厄介なのだ。
ちゃんと理由を聞き、状況を把握し、どうすれば一番いいのか判断しなければならない。
「いい加減にしろ!!」
キリコは怒鳴りながら、助手席で丸まるBJの胸倉を乱暴に掴んだ。
「あっ!」
ビクビクと体を震わせたBJが小さい悲鳴をあげる。
その反応に驚いたキリコはブレーキを踏んで車を街頭の真下に止め、BJをまじまじと覗き込んだ。
顔を背けてはいるものの、服の合間からみえる肌は上気している。
顎を掴み顔を向けさせると、いままで抱いた女達が浮かべていた見覚えのある表情をしていた。
「何をされた」
じっと見つめながら再度問うと、観念したのかBJはキリコの手を払いのけながら俯き、小さく呟いた。
「寝込みを襲われて・・・体内に何かを塗られた」
体内と言うだけでどことははっきり言わなかったが、キリコは瞬時に察知した。
「そういうことは早く言え!!」
怒鳴りつけてからアクセルを思いっきり踏み込む。
キキキと甲高い音をたてて、停車していた車は急発進した。
とりあえず一番近い、比較的大きい町へ辿りつくとキリコは車を駅近くのホテルの地下駐車場の奥に隠し、そのあと目立つ黒いコートや上着を脱いで一般人を装いながら、BJを伴いタクシーに乗り込み繁華街の真ん中にあるホテルのツインをとった。
出来る限り自分たちの痕跡を残さぬように配慮したつもりだが、相手の出方次第ではどうなるかわからない。
だが、今一番しなくてはならないことはBJをどうにかすることだった。
ふらつくBJの腕をとり部屋に入ると、そのまま浴室に直行しBJを押し込める。
「腸内洗浄くらい自分でできるだろう」
そう軽く言ってドアを閉め、キリコはベッドに腰掛けた。
移動中ずっとBJの様子を観察してきたが、あれはどうみても媚薬のたぐいだ。
腸内は吸収しやすく、もう手遅れかもしれないが何もしないよりマシだろう。
あんな男男した奴を襲うなんて物好きもいたもんだと苦々しく思いながら煙草を咥える。
浴室から水を使う音がしだした。
BJは医者だ。己の状態も今どうすべきかも一番よくわかっているだろう。自分の出る幕じゃない。
キリコはそう考えながら、煙草を咥えたままドサリとベットに寝転んだ。
何本目かの煙草を咥え火をつけようとしたとき、携帯が鳴りはじめた。
音から自分のではないとキリコは無視していたが、いつまでも鳴り続けとまりそうにない。
苛々しながら、BJのコートを探ると内ポケットの中に携帯はあった。
とりあえず切ろうと携帯を手にとったが、ふとみるとディスプレイに表示されている番号は、さっきまでいた施設だ。
いったいなんの要件なのか。
相手の状況を知ることができるのなら、とキリコは風呂場を見てBJが出てくる気配がないことを確認し電話をとる。
「よう、先生」
さっきの男だ。くぐもった声なのは顔面を怪我したせいだろうか。
だが不思議なことに声色に怒りは感じない。
「うまく逃げたと思ってるかもしれないが、わかってるだろう?」
返事を待たずに男は話を続ける。どうも相手はBJだと思い込んでいるようだ。
「ここにいれば俺がヤッてやったのによぉ。男が欲しくって仕方ないだろ?」
ヒヒヒと下品な笑いが響く。
「その媚薬はな、すげぇぜ?メチャクチャ強烈に前率線を刺激してきやがるのさ。その効果でケツを犯されたくってしかたなくなる。先生はもうとっくに知ってるってか!?アハハハハッ」
キリコの眉間に皺が寄る。
受話器越しに、息を飲んだ様子が伝わったのか、男は得意げに言った。
「女を抱いたって無駄だぜ。ペニスの快感じゃ満足できねぇ。ドラ・・・なんとかってのを知ってるか?あれを誘発させる薬だ。掘ってほしくって堪らなくなる。薬の効果ぎれを狙っても駄目だぜ。快感中枢が満足しねぇとおさまらない。もうひとつ付け加えれば水で洗い流しても無駄だ。ま、効果があるのは・・・ヒヒ」
逃げられたのかよほど悔しかったのか、ざまあみろといわんばかりの口調だ。
「男の精液だけさ」
そんな薬の存在など聞いたことはない。逃げられた腹いせに出鱈目を言ってるのではないかとキリコは考える。
「信じられないならせいぜい我慢するんだな。気が狂うぜ。かといっておさめるには男にヤられるしかねぇ。先生が街角に立って男を漁ってる姿を考えると・・・それだけでイきそうだぜ!」
男の言葉を聞く限り、キリコが一緒にいるとは思っていないようだ。
BJはひとりで逃げたと思い込んでいるらしい。
キリコももう出番はないと帰る意向を口にしていたから、別に発ったと考えたのかもしれない。
「本当は薬で縛りつけて俺のために働いてもらおうと思ってたんだけどよ、残念ながら失敗だ。だが先生。あんたこれからどうするんだ?戻ってくるなら俺がたっぷり可愛がってやるけどよ、ハハハハ」
男のしゃべり方も話す内容もキリコの気分を悪くする一方だ。
もうこれ以上話していても何の情報も得られないと判断して電話を切る。
乱暴な仕草で電源もきってベッドに叩きつけると、いつのまにかBJが浴室のドアの前に立っていた。
ほとんどびしょ濡れのままガウンを羽織った格好で、呆然とした表情で叩きつけた携帯をみつめている。
「・・・聞いてたのか」
男の声は耳が痛くなるほど大きく、音がわれるほどだった。
BJの様子からみると受話器から漏れた声は充分に届いていたようだ。
「そんな効果がある薬なんて聞いたことはないぞ」
キリコがそう言うと、BJは顔をあげキリコに視線を送り「ああ」と小さく呟く。
そのまま覚束ない足取りでベットに近づき、倒れるとそのまま丸まってシーツをかぶった。
「ちょっと出てくる」
BJに同情の視線を送ったあと、キリコは部屋をあとにする。
薬なら色々とツテがある。
とりあえず長距離電話をして、そのあとはインターネットだ、とキリコは足早にホテルのロビーに向かった。
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