どうしたのかと自分でも思う。
なにもかもを吹っ切り諦めた表情の男の目を見つめながら五右エ門は考え続けた。
夢の最初から最後までを、次元の一挙一動を詳細に思い出し辿った。
許しがたい暴挙、体をいいように弄ばれて散々傷ついたプライド。
思い出すだけでも体が怒りと羞恥の炎で包まれる。
だが。
次元が時折見せた苦悶の表情、辛そうな声。
そして真実であった言葉の数々。
それらが燃え上がる炎を弱まらせる。
それにどんな理由があったにしろ、最後には五右エ門自身がその行為を受け入れた。
与えられる快楽に溺れ自分を抱く男に縋り付いたのだ。
次元が快楽を得る姿に興奮を覚えなかったか?
次元に抱かれ少しも悦びを、満足を得なかったというのか?
次元の告白を聞いて気持ち悪いと、受け入れられないと思ったのか?
すべて否である。
いつの間にか知らぬうちに、次元の体も心も受け入れてしまっていた。
これが次元の持つ気持ちと同じかと問われれば答えられない。
惚れていると、契りたいと、添い遂げたいとは思わないが、温もりを分かち合うくらいなら抱き合ってもいいと思う。
次元の気持ちが迷惑だとは・・・どうしても思うことは出来ない。
どれだけ時間が流れたのか、ふたりにはわからなかった。
先に視線を外したのは五右エ門だった。
剣から手を離し、目を閉じながら顔を俯かせた。
「拙者が一番嫌だったのは・・・」
「ああ」
「理由がわからなかったことだ。だから」
五右エ門は顔をあげ、正面から次元を見つめなおす。
「理由がわかったのならそれでいい」
言われた意味がすぐには理解できなかったのか、次元がぽかんとした表情を浮かべた。
その間抜けな表情に五右エ門はおかしそうに少し目を細めた。
そしてそのまま部屋を出ようと、体を背けた。
「待てっ」
大きな掌がその肩を掴み引き戻す。
次元は間にあったテーブルを長い足で跨ぐと、五右エ門のすぐ前に立ちふさがった。
「五右エ門、俺を殺せ!殺さねぇと」
ぐいっと男にしては細い体を抱きしめる。
「また俺は同じことを繰り返すっ」
血を吐くような叫び。
軋むほど強く抱きしめる腕。
五右エ門が反応する間もなく、顎を捕らわれ唇を奪われる。
すぐに割り入った熱い舌は生き物のように五右エ門の口内を暴れまわった。
煙草の味がするのは夢と同じだった。
だが、口内を舐められる感触や絡まる舌から発せられる快感は生々しく鮮烈で、夢のキスとは比べ物にならなかった。
流れ込んでくる唾液を処理しきれず、大きく開いたままの薄い唇の端からふたり分の唾液が混じりあい、白い顎とそれを掴む次元の手を濡らしていく。
あまりの激しさに息つぎもうまく出来きない五右エ門は苦しさと快感で意識が朦朧としてくるのを感じた。
カクリと膝が折れて崩れた体を次元の腕が支える。
そして、ようやく唇が離れた。
ふたり分の荒い息だけが部屋中に響き渡る。
次元はそのままソファーに五右エ門を押し倒し覆いかぶさった。
「うっ」
勢いのついていた男の動きがピタリと止まる。
その喉元には白刃が突きつけられていた。
「夢とは違うのだ。拙者がそう簡単にヤられるか」
じりじりと五右エ門が体を起こす。
降参とばかりに両手を軽く横にあげた次元の体も一緒にじりじりと起き上がる。
ぐいっと斬鉄剣を突き出して、その距離だけ次元を遠くに追いやることに五右エ門は成功した。
「だが、五右エ門、俺はっ」
「わかっている」
次元の言葉を遮って五右エ門は言った。
「今一番わからないのは・・・拙者の気持ちだ」
「・・・え?」
思いもよらない言葉に次元は驚いて目を見張った。
完全な拒否ではない。むしろ・・・
「嫌じゃ・・・ないのか」
「・・・うむ。嫌ではない」
「じゃあ」
「だが、良いわけでもない」
ピシャリと言い切って五右エ門は次元を軽く睨んだ。
次元が困ったように笑う。
「俺はどうしたらいいんだ?」
「知らぬ」
「希望を持っていいのか?」
「さあな」
「努力しろってことか?」
「それはおぬしが考えること。拙者は自分のことで精一杯だ」
この気持ちがなんなのか。
育てれば次元と同じ花を咲かせるのか。
五右エ門自身にもわからない。
咲かないほうがいいに決まっているが、別に咲いたら咲いたでそのとき考えればいい。
と、五右エ門は思う。
「じゃ、頑張ってみるか」
「無駄な努力にならねばいいがな」
完全な拒絶はなかった。
もしかすれば、いやもしかしなくっても抱き合える日がくるのかもしれない。
一筋の光明は次元から焦燥と獣のような衝動を削り落とした。
冷たくあしらう五右エ門に次元はニヤリと笑う。
「じゃあ現実は置いといて手始めに・・・夢の中に夜這いをかけに行っていいか?」
一瞬キョトンとした五右エ門だったが、その顔はみるみるうちに朱色に染まっていく。
斬鉄剣がビュッと横一刀に払われる。
大きく後ろに飛びのいた次元は難なくそれから逃れた。
「おぬしは反省しておらぬなっ!!」
「してるよ、してるから、不法侵入じゃなく先にお伺いを立ててるんじゃねぇか」
「ふざけるなっ」
「ふざけてねぇって!で、いいか?」
「良い訳なかろうがーーーー!!あ、その薬を拙者によこせ!!!!!」
深夜のアジトに怒号と物の壊れる音が絶え間なく響き渡った。
「たっだいま〜♪やぁっと手に入れたぜぇ」
博士の尻を叩いてようやく出来上がった品を手にルパンが機嫌よくドアをあけると。
これ以上荒れようがないというくらい散々に荒らされた室内と、所々につけられた刀傷と銃の痕。
そしてその部屋の中心には。
疲労困憊っといった様子で傷だらけの男が二人、大の字になって豪快に眠っていた。
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