アジトに辿り着いたのは深夜に近かった。
「ふぅ、帰ったぜぇ」
ネクタイを緩めながら次元はリビングのドアをあけた。
ソファーに斬鉄剣を抱えた五右エ門が目を瞑って胡坐をかいている。
返事はないが次元は気にせず、戸棚に向かい中からバーボンを取り出した。
結構疲れている。酒でもかっくらってとっとと寝よう、といった心境である。
「ルパンはどうした?」
目を瞑っていても寝ているわけではないことは、伝わってくるピリピリとした気配からわかる。
なぜそんなに尖った気を発しているのかは知らないが、きっとここにはいないルパンが原因だろうと思いつつ尋ねるがやはり返事はない。
酒瓶をテーブルに置きグラスを取りに行こうとして、そこではじめてメモが置いてあるのに気がついた。
手を伸ばしメモをとる。なにげなくその文字を追う。
ピシリ。
次元は自分の体が硬直する音が聞こえたような気がした。
ドクドクと心臓の鼓動が早くなっていく。息も微かに乱れだす。
ごくりと唾液を飲み込み必死に自分を落ち着かせる。
「ルパンはまだ帰ってないのか?」
やはり返事はない。
次元は緊張に強張る体を必死に動かして、棚からグラスをふたつ取り五右エ門の正面のソファーに座った。
「お前は・・・行かなかったのか?」
「行ったがすぐに帰ってきた」
今度はすぐに返事が返ってくる。だがその声は低く怒りに満ちている。
一瞬息をとめた次元だったが、すぐに観念したように肩を落とした。
メモにはただ一文、『五右エ門と博士のところに行ってくる』と書かれていた。
そうか、五右エ門は行ってしまったのか、博士のところへ。
そしてルパンを置いてひとりで戻ってきた。ビリビリとした気を纏って。
いつまでも隠し通せるとは思っていなかった。
一度だけなら、いや二度までなら五右エ門も気がつかなかったかもしれない。
だが、次元はどうしても自分を制御することは出来ず、結局何度も繰り返してしまった。
そして取り返しがつかないところまで辿り着いてしまったのだ。
「どういうことだ?」
地を這うような低い声が問う。
次元は答えず、ふたつのグラスに酒を注ぐ。
「おぬしは1ヶ月半前、博士の所から何を持って帰った?」
グラスから視線を五右エ門へと移すと、次元を睨みつけている視線とかちあった。
怒り、疑い、戸惑い、そして信じたくないといった様々な色が交じり合っている目をしている。
「酒、飲まねぇか?」
「次元、答えろ!!」
問いに答えない男の態度に焦れて怒鳴った五右エ門だったが、次元の行動に目を見開く。
懐から取り出した小瓶の蓋をあけ、中の液体をふたつのグラスに一滴ずつ垂らしたのだ。
見覚えのある小瓶。
聞いていた通りの行動。
行動ですべてを肯定され、呆然とした五右エ門の前にグラスが突きつけられる。
「飲むか?」
「次元!!」
グラスを次元の手ごと払いのけ、五右エ門はいきり立った。
博士のところで得た自分の考えは間違ってなかった。
あの夢は自分の夢ではなかった。自分の無意識による望みではなかった。
夢の中で次元が言った通りあれは『次元の夢』で・・・『次元の望み』だったのだ。
「どうしてだ、次元!なぜっ!!」
夢とはいえあれは次元の意思による行動。
抵抗を許さず五右エ門を陵辱しつくした。
仲間なのに、大切な相棒なのに、性欲の対象として扱ったのだ。
「それはもう答えただろ?」
疲れたように次元は呟いた。
帽子のツバを指先で持ち上げ、ソファーに座ったままの次元は目の前に立つ五右エ門を見上げた。
五右エ門の脳裏に夢の最後の切なげな次元の言葉が蘇る。
それに連動して、そのときの彼の驚愕した表情も。
次元自身気がついていなかった答えは最後にはっきりと形をとったのだ。
「自分でも・・・」
次元は視線を床に落とし、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「わからなかった。なんでお前が欲しいのか。力ずくでも奪いたい衝動がなぜ男であるお前に向かうのか・・・本当にわからなかった。
どんなに抑えても抑えきれなくってもう限界ってときに・・・あれを手にいれた。
ま、言い訳だがな。俺のためにもお前のためにも、現実で犯すより夢で犯した方がマシだと思ったのさ」
次元の手がグラスに伸びたが、すぐに気がついたように引っ込められ、酒瓶を掴んだ。
そしてそのままラッパ飲みをする。
ゴクゴクと喉仏が上下する。
ふうと溜息を吐き、垂れる酒を手の甲で拭いながら次元はドンと酒瓶をテーブルに置いた。
「好奇心だと・・・ただトチ狂ってるだけだと麻疹みたいなものだと思った。いや思いたかったんだろうな。
だからその好奇心が満たされればすぐに興味が薄れると踏んでたのによ。
止まらなかった。どうしても止められなくってどんどん暴走して・・・結局レイプまでしちまったんだ」
レイプ、という言葉を聞いて五右エ門の顔が朱に染まる。
湧き上がるのは怒りとそして羞恥。
「お前がなにか勘違いしてるのは途中で気がついてたが・・・ま、最後の方はそれにつけこんだ感じだったがよ。
お陰で自分の気持ちに気がついた」
自分の望みだと勘違いした五右エ門はどういう理由にせよ次元を受け入れた。
恋人同士のように背中に回された腕。抵抗しない白い体。
腕の中で縋り付き喘ぎ快楽に悶える姿をみて、その内で放ったときに隠れていた心も放たれた。
五右エ門が好きだと、心底惚れているのだということに気がついた。
「お前が好きだ」
次元が顔をあげ、五右エ門の瞳を見据えながら、ゆっくりと立ち上がり両手を広げる。
「殺してもいいぜ。俺はそれだけのことをやった」
五右エ門は柄を握り締め、次元を見つめ返した。
眉間に皺を寄せ唇を噛み締めている。
斬鉄剣を持つ手も、肩も、小刻みに震わせていた。
穏やかな瞳と険しい瞳がじっと見詰め合う。
ふたりは微動だにせずただその場に立ち尽くした。
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