ガチャン、大きな音を立てて受話器が置かれた。
「五右エ門!行くぞっ」
少しカッカした様子でルパンが振り返った。
もう日も落ち空はすっかりと暗くなっている。
「こんな時間からどこに行くのだ」
「博士のところだよ!」
博士。
ルパンからの資金提供を受けて色々な研究をしている人物である。
年間何百万何千万ドルも資金の無心をする。
だが、それだけあってなかなかのものが仕上がる。
ルパンも天才だが本職は泥棒。
研究ばかりしているわけにはいかないから、博士の存在はかなり重要な位置を占めていた。
ただ難点はどの研究者にもありがちな性質で、自分の興味あることにはとことんのめりこみ、ヘタすると頼んだ品を放置したままということがあるということだった。
今回もその例に当てはまっている状態なのだろう。
仕事に必要な品がなかなか届かない。電話してもまるでそば屋の出前のように「もうすぐ出来る」の一点張りで埒があかなくなったのだ。
「博士の尻ひっぱたいて、とっとと完成させるぞ!」
ふ、と小さく溜息を吐いて五右エ門は立ち上がった。
次元は他の用件で外出している。戻ってくるのは明日か明後日。
今、ルパンと一緒に行かなければ、帰って来た次元とふたりっきりになってしまう。
それはどうしても避けたかった。
この数週間、週に1、2度の割合で見続けている夢。
連続性のあるその夢の中で、五右エ門は次元と性的交わりをしていた。
口付けされ、愛撫され、貫かれて。
とうとう数日前には「好きだ」と言われてしまった。いや、言わせてしまったのだ。
夢の主は自分なのだからその言葉を無意識下で望んでいたのだ、きっと。
次元に抱かれて愛される、そんなことを自分が望んでいるとは到底信じられないが、繰り返す夢はそれを五右エ門につきつけていた。
厭らしい夢を見続ける、そんなことを夢の次元にさせてしまう罪悪感。
だから、現実でも次元と一緒にいるのが息苦しかった。ふたりっきりなんてとんでもないことだ。
ルパンがカリカリと次元への置手紙を一筆書いているのをぼんやりと眺める。
バンッ、とペンをテーブルに叩きつけてルパンはトアに向かってドカドカと歩いていく。
「五右エ門、行くぞ!此処から博士のとこまで5〜6時間はかかるからな。ぶっ飛ばすぞ」
「承知」
五右エ門はルパンと共にアジトを後にした。
真夜中の訪問者に博士は驚いたようだった。
「よう、博士」
「ル、ルパン君」
ずずい、と研究室に入り込み、よくわからない機器の数々を見渡してルパンは博士に向き直った。
「俺様がお願いしていた例のブツはどれなのかな〜?」
博士がダラダラと汗をかいている。
「これかな?それにしては、ちーっと小せい気がするんだけども」
いかにも今までいじってましたとばかりに研究室の真ん中におかれている品を持ち上げる。
「ルパン君、たまには息抜きに別なことをしたくなることも」
「息抜きしすぎじゃないの?」
「そんなことはない。それにこれはなかなか画期的な発明なのだぞ?ルパン君も知っておるだろう!」
知ってて当然とばかりに博士が踏ん反り返る。
ルパンがその様子を少し呆れた顔でみた。
「どうじゃった?試してみたのだろ?うまくいったか?」
「何がよ?」
「この前、今回の仕事の依頼に来たとき次元君が持ち帰ったじゃろ?
あのとき有効範囲が30mでは短すぎると言われたからな。
なんと、この改良版は200mまで伸びたのだよ!」
「知らねぇよ」
「え?」
博士がカチンと固まった。
「知らない?」
「ああ」
「次元君が持ち帰ったからすっかり試したのかと・・・そうじゃな、そういえば彼もあのときあまり興味はなさそうだったしのう」
ガックリ。
博士はそうとしか表現しようがない様子で肩をガックリと落とした。
「どんな発明だったのだ?」
あまりの落胆振りに少々気の毒に思い、今までドアに背をあて無言を貫いていた五右エ門が尋ねた。
あ、余計なことを!
という表情でルパンが振り返ったが既に遅し。
説明相手をみつけた博士は爛々とした表情で顔をあげた。
その落差に驚くが、水を得た魚のように博士はその発明品を手にとり説明をはじめた。
「よくぞ聞いてくれた、五右エ門君!これはなんと人の夢の中に入り込むことが出来る装置じゃ!」
「ゆめぇ?」
ルパンは胡散臭気に博士の方に顔を向けたので、五右エ門の顔が強張ったことに気がつかなかった。
「例えばわしがルパン君の夢に入ろうとする場合はの、この薬を一滴、」
小さな瓶を摘み上げ、何かに垂らす仕草をする。
「ルパン君に飲ませ、わしも一滴飲む。そしてこれじゃ」
ヘッドギアのような装置持ち上げ、頭に被る。
「わしはこれを被り眠る。そうすると、なーんとわしはルパン君の夢の中に入り込むことが出来るのだよ!」
博士の声が五右エ門の脳内に響く。
眠る前に液体を一滴飲む?
そういえば。
そういえば、最近次元がよく寝る前に飲み物を作ってくれていなかったか。
コーヒーだったり日本茶だったり酒だったりと種類は様々であったが、頼みもしないのに気まぐれのように飲み物を渡されていた。
「この液体が要でな。微力な電波を発する。それが飲んだ者同士を結びるけるのだ。
それにこれにはなんというか覚醒作用がある成分が含まれてての。
普通の夢だと人格が変わったりするが、これを飲めば夢の中でも人格が固定されての。
言動も性格もすべてちゃーんと本人のままでいられるのだ!」
ガンガンと頭の中が鳴り続ける。
一番初めに見た夢で次元はなんと言った?
『聞いてはいたがちゃんとお前のままだな』
確かに、確かにそう言ったのだ。
「で、それがなんの役に立つのさ」
「何を言うかルパン君!遠く離れた恋人同士でも、これを飲んで眠れば夢の中で会えるのだよ!」
「でも有効範囲は30m?200mだったっけか?」
「ま、今はな・・・だが、例えば人の秘密を知りたいときはその人物の夢の中に入り込んで聞くことが出来る!
人格は変わらんから夢とはいえ本人だし、夢だと思えばペラペラしゃべる・・・」
「現実でも口割らねぇのに夢とはいえ、強情な性格そのままな奴がじゃべるとは思えねぇけどな」
グググ、と博士が口ごもる。
「ま、有効範囲が無限ってぇなら、不〜二子ちゃんの夢の中にいつでもどこでも入り込んであーんなことやこーんなこと・・・」
ムフフと厭らしく笑うルパンの脳内ではどんな妄想がされているのか。
現実ではなかなか叶えられない不二子とのセックスを夢の中でなら意外と簡単に叶えられるかもしれない。
とか、思っているのかもしれないが、夢の中でも不二子は不二子。
そう簡単にはいかないに決まっている。
と、博士はチラリと思わないでもなかったが、せっかく機嫌がよさそうなルパンを刺激したくないので黙っている。
「で?」
「ん?」
厭らしく崩れた笑顔のままでルパンが博士に向き直った。
「画期的な夢の発明は素晴らしいけどそれ以上に素晴らしい、俺の頼んだブツは?」
話が振り出しに戻った。再び博士の顔を汗がタラタラと流れはじめる。
「あと、少しだ」
「それは電話でも聞いた。あと少しってどのくらい?1時間?2時間?」
「あ、あと」
「あと?」
「4〜5日あれば・・・」
「しごにちぃ?!?!」
ルパンが素っ頓狂な声をあげる。
「へぇぇ、頼んで1ヶ月以上経つのにあと4〜5日かかるの!」
「ああ、あれはなかなか手がかかって・・・」
「ということは、寝ずに頑張れば2〜3日で出来るってことだな」
焦りまくる博士の顔を覗きこみ、凶悪にニヤリと笑う。
「出来るまで付き添ってやるぜ?さぁて、早速頑張ろうかね、は・か・せ」
首根っこを持ち上げて研究台へ博士を引きずっていく。
「ちょ、待たんか、」
「待つよ、あと1〜2日ならな」
「!?」
期限がどんどん短くなっている。
慌てふためく博士を急かせて、ルパンは無情に笑った。
「帰る」
そう一言呟いて五右エ門はふたりに背中をみせた。
「え?五右エ門!?」
驚きながら引き止めるルパンの声を背に受け、五右エ門は走り出す。
「ほーら、そんなに待ってられないって五右エ門ちゃんも怒って帰っちゃったじゃないの!」
「そ、そんな」
「怒りを解くためにもチャカチャカやろうぜ」
ふたりの会話がどんどん遠くなる。
だが、その内容は五右エ門の耳に入っていなかった。
どういうことだ、今聞いた話とあの夢は関係あるのか。
少なくとも次元はあの発明品について知っていた。
それどころかそれを持ち帰っている。
これはどういうことなのか。
色々な疑問と共に、夢の中での次元の言葉の数々が浮かんでは消える。
とにかくアジトに戻って。
あの男に会って問い詰めなければならない。
纏まらない思考の元、五右エ門はただひたすらそれだけを思った。
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