[1]
風に吹かれ五右エ門はひとり立っていた。
足元にはこんもりと積まれた土と一本の墓板。
微動だにせず、ただその作られたばかりの墓をみつめている。
その背中をじっと見つめる2組の目。
ふたりはこの数日間の五右エ門の行動と言葉を思い出していた。
最初に動いたのは黒い男だった。
ふぅ、と煙草の煙を吐き出して短くなった煙草を足元に落とし踏みつける。
「俺は先に宿に帰るぜ」
「・・・いいのか?」
くるりと背中を向けた次元にルパンが声をかける。
「あれはあいつの問題だろ。俺がどうこういうことじゃねぇ」
静かな声色だが、感情の色がない。
ルパンの言葉を待たず、そのまま次元は去っていく。
「あいつじゃねぇ。お前が、だよ」
聞き取れないくらい小さい声で呟いた後、ルパンは次元と反対方向へと歩き出した。
背後に慣れた気配を感じても五右エ門は振り向かない。
墓をみつめ続けている。
「こいつが好きだったのか?」
返事を期待していない問いかけだったが「うむ」と小さく返事が返って来たことにルパンは少し安心する。
自分達を拒絶する意思はまったく五右エ門にはないようだ。
だが、その返事は新たな問いかけをルパンにさせた。
「・・・・・・次元よりもか?」
微かな動きと共に、五右エ門が少し振り向いて背後の男をみた。
静かな目の色だ。
だがその中には、哀しみ、怒り、そんな感情が垣間見える。
「おぬしらと左門どの。比べるようなものではなかろう」
五右エ門の返事にルパンはふっと唇を歪めた。
「俺達、じゃねぇ。次元と、だ」
「言っている意味がわからぬ」
とぼけているのか、と一瞬疑ったが五右エ門はそんなに器用ではない。
声色も微かに曇った瞳の色も、本当にルパンの言葉の意味がわかっていないことを伝えてきた。
「五右エ門、お前は仲間から抜けると言ったな」
「・・・ああ」
「抜けてお前はこの男の元に来るつもりだったのか」
顎で墓をしゃくって今は亡き男を指す。
毎夜、魅入られたように左門の元に通っていた五右エ門。
仲間を抜けて剣の道一本に絞ると言ったのだ。
そんな気持ちを抱かせたのは五右エ門と同じく剣豪だった左門という男の存在だろう。
「こいつが好きだったのか?」
最初と同じ問いかけ。
ここに来てようやく五右エ門はルパンに言わんとすることを理解した。
「なにを馬鹿なことを」
じろりとルパンを睨みつける。
「同じ道を志す剣士としてだ。恋情などは一切介在せぬ」
「そうなのか」
「当たり前だ。男が恋情の対象になるか」
なにを言っているのだと、憮然とした表情を浮かべる。
会話を交わすうちに少しづつ意識が死んだ男から離れ、自分の元に戻ってくるのを感じてルパンは微かに目を細めた。
「そんなこと言っちゃうと次元が泣いちゃうんじゃなぁい?」
真剣だった声色が一転、いつもの軽口に戻ったルパンを再びじろりと睨む。
次元とのことを指摘されたりからかわれたりするのを五右エ門は心底嫌う。
男など恋情の対象になるはずはないのだ、普通。
そんな意味で男に触れられたら鳥肌が立つし、不埒な真似をしようものなら一刀の元に切り捨ててくれる。
と思うのだが。
「何事にも例外というものはある」
小さい声で吐き出すように言った五右エ門の言葉を、ルパンはしっかりと聞き取った。
「じゃあ、なんで俺達から離れようとしたんだ?」
次元から、とは言わない。言えば返事はないだろう。
それにルパン自身、次元とは意味が違えど自分が五右エ門にとってかけがえのない存在であることを自負している。
そんな自分達仲間との縁を切って捨てて、五右エ門は以前のように剣だけの道に戻ろうとしたのだ。
「・・・左門どのと会って」
五右エ門はルパンの視線を避けるように、顔を前に向けた。
「剣一筋の生き方に、その強さに惹かれた。何にも惑わされず迷わず剣の道を究め続けているように・・・拙者にはみえた」
本当は迷っていたのだが。
間違った自分の方向を修正できず、結局人の命を多数奪い、そして自分の命さえも奪う道を歩んでいたのだ。
「おぬしが、次元が、不二子が・・・拙者を惑わす。おぬし達の存在がすぐに拙者を剣の道から外してしまう」
「俺らがお前を惑わしてるの?」
ふ、と小さく五右エ門は息を吐く。
「生まれたときから剣と共に生きるは拙者の宿命。それを違えるつもりは更々ない。修行し己の剣を高めることが拙者の道」
そこで言葉を止めて、五右エ門は斬鉄剣をギュッと握りしめる。
この剣さえあれば、この剣と共に生きれれば、昔はそれで良かった。
「修行の最中であろうがおぬしらが危険だと聞けば駆けつけてしまう。
修行を続けようとしていても、呼ばれれば日本から出て遠くまで参上してしまう。
今の拙者の生き方は修行中心でなく、おぬしら中心なのだ」
仕事だと呼んでも修行中だと断られることしばしば。
マイペースだし、すぐに姿を晦まし探しだすのも一苦労。
こいつは本当に・・・と呆れることも度々あったのだが、これでも自分達を優先してくれていたのか。
と、ルパンは驚くと共に自分の顔が笑いに歪むのを感じた。
「それはそれでいいかと思っていたのだが左門どのの生き様に触れて・・・迷った」
ハハハッという笑い声と共に頭をくしゃくしゃとかきまわされる。
「馬鹿だなぁ、五右エ門ちゃんは!」
言葉の内容と子供に対するような扱いに、ムッとして五右エ門は振り向いた。
|