[2]
目の前にルパンの顔。
口元は笑いに歪んでいるのに目は真剣に五右エ門もみつめている。
「どういう意味だ」
「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ、ほんとにもう!」
まだ頭に添えられている手を五右エ門は払った。
怒ったように睨みつける視線を受けても微動だにせず、反対にルパンの真剣な目の色がふっと柔らかく変化した。
「左門、と言ったな。この男」
チラリと視線を墓の方向に投げる。
「こいつとお前、何が違う?」
意味がわからず五右エ門は眉間に皺を寄せた。
「お前と同じ剣の極みを志す者。こいつはこう言ってたな。
『剣の道とは結局いかに人を切るかということだ』と。お前もそう思うか?」
「それは・・・」
違うとは断言できない。だがそうだとも言えない。
口篭る五右エ門を見てルパンは笑みを深くする。
「もしお前がそう思っていたとしてもだ。お前にこいつのように罪のない人間を切れるか?
いくら剣のためだといえ辻斬りなんて真似、できねぇだろ?」
「・・・ああ」
自分に敵意を向けた相手を倒すことに戸惑いはない。
出来れば殺さずにはおくが、確固たる殺意の前には殺意で応える。
だが、通りすがりの人間を無情にも殺すことは絶対にしない。
「お前と左門、何が違うかわかるか?」
五右エ門は答えず、ルパンの言葉の続きを待つ。
返事を特に期待していなかったのだろう、ルパンはすぐに言葉を続けた。
「こいつの心は世界に触れていなかったんだよ。
山奥に引きこもり修行に明け暮れて接触するのは妹ひとり。
それでどうやって自分の迷いや心を修正出来る?
誰かを大事に思う気持ちが極端に弱いから、通りすがりの人間を簡単に殺せるのさ」
「心が・・・触れていない?」
「そうよ、お前の言う、惑わす他人のことだ」
風がふたりの間を吹き抜ける。
ルパンは懐から煙草を取り出すと火をつけ、煙草をおもいっきり吸い込んだ。
ふーーと煙を吐き出して、止まった言葉を再び続けた。
「悪人の言葉の中にも真実があるし、反対に善人の言葉でも納得いかないときもあるだろ?
俺達仲間だけじゃなく、一度しか出会わねぇやつらでも誰でもいい。
他人の言葉や考えの中に自分が持っていなかった何かが隠されているものさ。
それを受け取って人間は自分の考えや迷いを改めたり確固としたものにすることが出来る。
それが心が世界に触れてるってことさ、五右エ門」
ルパンの軽薄さや不二子の裏切りなど、五右エ門には理解できない言動。
だがその裏に隠されたものも確かにある。
自分にはない人の資質を目の当たりにして苛つくこともあるが、結局それも性格の一部として受け入れている。
他人を受け入れそれを昇華して自分のものとして取り込む。
そうして人は日々成長していくのだ。死ぬまでずっと成長は止まらない。人と共にある限り。
「山奥に篭って修行すれば本当に強くなれるのか?
守るべき者を守れなかったときの悔しさをバネに強くなることだってあるさ。
人間ひとりじゃぁ、生きていけないんだせ?惑わすものが必要なのさ」
五右エ門と左門、同じ道を志す者なのに辿りついた結果は違った。
生きる環境が違うのが理由だというのならそうなのだろう。
「そう・・・だな」
五右エ門は一瞬泣きそうな表情を浮かべた。
それはすぐに消えてしまったがルパンは見逃さなかった。
それでも気がつかない振りをして五右エ門の横に並び肩を組む。
「ま、こいつは五右エ門ちゃんとと会えて幸運だったよ。
お前という世界に触れて、迷いが完全に迷いになった。
自分の間違いをみとめることが出来た。よかったじゃねぇか」
「・・・そうか?」
「そうさ」
1回吸っただけの煙草はすでにフィルター近くまで灰になっている。
それを足元に捨てて踏みつける。
煙草を踏む自分の足をみながらルパンはさっき同じく煙草を踏んで去っていった男の後ろ姿を思い出した。
「さーて、そろそろ帰るか」
「ああ」
肩を組んだ手をはずし背を向けたルパンの後に五右エ門が続く。
一歩、一歩、自分の同志だと、理想な生き方だと思った男の墓から離れていく。
孤高の生き様から惑わすものが徘徊する雑多な世界へ戻っていく。
「おぬしは惑わすものの親分格だな」
五右エ門が苦笑しながら赤い背広に言った。
本当に。
この男に出会わなければ、今の自分はなかっただろう。
左門と同じ道を歩んだかもしれない。
「いいなぁそれ。親分格かぁ!」
ゲラゲラ笑いながらルパンはくるりと振り返った。
もうとっくの昔に視界から左門の住処は消えている。
今はもう宿へと続く畦道の途中にいる。
五右エ門は完全に自分達側に戻ってきている。
心も体も。
「面集めも中途だがこれ以上続けても意味ねぇし、不二子ちゃんに慰めてもらいに行こうかなぁ♪」
「ん?」
「よし、そうしよう!思い立ったら吉日!俺はここで別れるわ。また連絡するからよ!」
「なっ?ルパン!?」
いきなり走り出したルパンに五右エ門は慌てる。
思いつきのままの行動が十八番とはいえ、突然すぎる。
「五右エ門ちゃん、お前の『惑わすもの筆頭』は宿にいるからよ。
ちゃんと惑わし、惑わされておいで!!じゃーな!!」
宿へと続く曲がり角にルパンの姿が消える。
少しすると遠くで聞き覚えのある車の排気音が響き、それが遠ざかっていく。
ルパンが消えた角を曲がった五右エ門の視界にはこの数日宿泊している宿がみえる。
そして豆粒ほど小さくなった車。
「惑わすもの筆頭か」
五右エ門はくすりと笑い宿を見上げる。
きっとその男は複雑な感情を抱えたまま部屋でひとり煙草と酒を飲んでいるのだろう。
ルパンの問いかけを思い出す。
奴がそう思ったということは次元も同じことを考えたのかもしれない。
とりあえず。
『惑わすものの筆頭』はお前だ、とちゃんと教えてやらねばならないと五右エ門は柔らかく笑った。
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