ワイルドタイガーのスポンサー事情


バーナビーには漠然とした不安があった。
虎徹とバディーを組んでもうすぐ1年が経つが、その不安はワイルドタイガーをバディーと認め、信頼関係を築くようになってから生れ、虎徹と新密度を増す毎に徐々に大きくなっていった。
両親の敵もとり、世界が違って見えるほど順風満帆な日々を送っているというのにその不安はなくならない。
なにが不安なのか。なにを恐れているのか。自問自答しても答えは出なかった。
だが、今シーズンも終盤に差し掛かり、バーナビーも時期KOHと噂されるようになってようやくその原因に思い至った。
原因はバーナビーの相棒、ワイルドタイガーのことだったのだ。

通常、ヒーローにはスポンサーがつく。スーツにロゴを入れることによってスポンサー料を得、ヒーロー活動に使用する。
スポンサー料はヒーローを擁する会社の収入にはならず、すべてヒーロー活動に充てられる。
スーツの開発費や設備投資費に充てられたり、活動中に発生した建造物や機器車両などの破損への賠償に充てられたりと様々であるが、会社側で管理配分するものなのでヒーロー個人は何に使われているのか知らないし、知らなくても良いことだ。
スポンサーを得るためにパーティーに出席したりするものの、基本、スポンサー獲得は会社側の仕事である。
いかに自社のヒーローを推してどれだけのスポンサー料を取得するのかは、会社側の手腕の見せ所だ。
つまりスポンサーに対して、ヒーロー個人は関わらない。変に関わりあってしまうと、面倒なことに発展することが多々あるからだ。
ある意味都市伝説になっているような枕営業とまでいかずとも、ヒーローを個人的に利用しようとする者が現れないとも限らない。
近年はショーアップ化が著しいが『ヒーローは街を守る者』という位置づけは変らないから、スキャンダルに巻き込まれる訳にはいかない。
とはいえ、ヒーローはビジネスだ。スポンサー料がなければヒーロー業は成り立たないし、またスポンサーもどのヒーローにどれだけ投資するかをシビアに考える。ヒーローの行動ひとつが会社のイメージに直結するからだ。
そんなスポンサー事情を考慮すると、『正義の壊し屋』の異名はマイナス評価でしかない。
とにかく物をよく壊すし、なんと言っても賠償金が半端ない。
ヒーローが破損したものに関しては、活動に必要だと判断されれば公的資金が充てられる。
反対に無駄な破壊活動だと認定されれば、その比重によって経費を賠償金としてヒーロー側に請求されてしまう。
もちろんヒーロー個人に課せられることはない。減給処分くらいはあるかもしれないが。
スポンサー料で賄えなければ残りはすべて会社側の負担となるのだ、それを考慮すればワイルドタイガーをヒーローとして抱えこむのは金銭的負担が大きい。
アポロンメディアなら可能だろうが、以前所属していたトップマグは7大企業に名を連ねている訳ではなく、その負担は会社としてかなり大きかっただろうことは想像がつく。
若い頃はそれなりに活躍していたが、ショーアップ化しポイント制になった頃から活躍の場を失い、人気も下降しロートルと呼ばれるに至ってしまった。
それでも、ワイルドタイガーは首になることもなく、10年以上に渡ってヒーローを続けて来たのだ。
商品価値が薄いうえ、賠償金は桁外れに多い。それなのになぜヒーローを続けていられるのか。
バディー結成時はその存在自体が気に食わなかったのでまったく気にしていなかったバーナビーだが、ジェイク戦後、虎徹と信頼関係を築いていき、共に戦うことに喜びを感じるようになってから、それが気になるようになった。
アポロンメディアは巨大企業だが、ふたりのヒーローを擁するにはそれなりに資金がかかる。
その片割れが賠償金王ともなれば、バーナビーがヒーローとして確固たる地位を築ければ、放逐するかもしれない。元々バーナビーの引き立て役として雇われた感のあるワイルドダイガーである。
だが、バーナビーは不器用だがヒーローとして揺ぎ無い信念を持つ虎徹とバディーを続けたい。辞めさせたくない。
もし虎徹を切るならシーズン終了のタイミングだろう。今シーズンはあと一ヶ月もない。
そう思い至ったとき、バーナビーはすぐにロイズに直訴に行った。
「嫌なら辞めて貰っていいんだよ」
それがロイズの口癖だったし、直属の上司である彼が虎徹を快く思っていないことは見ていればわかることだったからだ。
そんなバーナビーにロイズは目を丸くしたあと「良く懐いたもんだねぇ」と呆れたように呟いて、虎徹の特殊なスポンサー事情について説明をはじめた。
「まあ、トップマグ時代からの続いてきたことで彼の元上司から引き継いだだけなのだけどね」
そういう前置きをして。


ワイルドタイガーのレジェンドリスペクトはデビュー当初から有名だった。
体にピッタリフィットしたスーツはアメコミや劇画のヒーローそのもの、つまりはレジェンドの流れをそのまま引き継いだものだったし、似ても似つかない形とはいえ年若いのにレジェンド同様髭を蓄えていて、なにかにつけて彼への尊敬の念を嬉しそうに口にする。レジェンド引退後、その不在を寂しく思っていたヒーローファンにワイルドタイガーは喜んで迎えられた。
後継者を名乗るには若く、青臭く、実力も到底及ばない。だが、暑苦しいほどのヒーロー理念を掲げてヒーローたろうとする若きヒーローの一生懸命な姿は、虎徹より一周り、下手すれば二周りも年上のレジェンドファン達の琴線に触れた。
未熟な青年ヒーローの成長を、見守るようにワイルドタイガーを陰ながら応援しはじめたのだ。
もちろん同年代のヒーローファンの心も掴んだ。20代後半と社会人として脂が乗り始めた世代が自分達の代表として、頑張っているワイルドタイガーを支持した。
まだショーアップ化されておらず未成年ヒーローの参入も認められてなく、ヒーローになるのが今以上に難しい時代、人命救助は犯人確保と同じ、下手をすればそれ以上の価値を持っていた。
人を救うこと。ネクストの力で困った人達を助けること。
ヒーローとしての確固たる信念を持つワイルドタイガーをその頃のファンは理解し支持した。そしてそれは人気低迷と言われている現在まで続いている。
人気絶頂のワイルドタイガーが、デビューして5年目か6年目。最大の危機が訪れた。
それまでの好調が嘘のように突然調子を崩し、それに伴い破壊活動が増したのだ。
人命救助を重視する余り周りが見えなくなり他のヒーローとの連携もうまく行かず、悪く言えばひとりで空回りするようになった。
確かに救助は出来ている。だが余りにも無駄に物を壊すため、それまででも断トツだった賠償金が一気に跳ね上がったのだ。
トップマグでも対処しきるかどうか、微妙なライン。会社の存続のためにはワイルドタイガーを放逐せざるを得ない。そんな自体に陥った。
その噂は瞬く間にヒーローファンに広まり、その結果ワイルドタイガーファン有志による寄付が行われた。
元々ワイルドタイガーのファンは年齢層が上で、社会的地位が高い者が多い。または若い世代でも振興会社を設立したものなど、一般のヒーローファンよりも懐具合が温かい者が多かった。
小額をチマチマ集めていては間に合わないと、レジェンドから連なるワイルドタイガーファンの某社長が立ち上がり、一口1万シュテルンドルで寄付を募ったのだ。
1万シュテルンドルといえば一般の会社員がポケットマネーで払える金額ではない。つまり自らの社会的人脈を駆使し社会的地位の高いワイルドタイガーファン対象の募金であった。
不調の理由がわからずとも、熱血漢でヒーロー馬鹿なヒーローを見守っていた彼らは、ワイルドタイガーからヒーローの地位を取り上げないためにも喜んで協力した。
その数は3桁にのぼり、集まった金額はかなりの大金となった。とはいえ、それを纏めて寄付することは出来ない。
いくら厚意とはいえ、ヒーローに出資するのだ。スポンサーとの係わりもある。スポンサー契約を結ばない資金提供の場合、1万シュテルンドルまでと法律で決まっている。
個人的に大金を出資することによって、ヒーローへの個人的接触や要求を行わせないためである。そのため寄付に賛同する者が各自トップマグに対して寄付を行った。
続々集まる寄付金にトップマグは驚きつつ、その真意を理解した上司は、シーズン終了間際になってそれを虎徹に伝えた。
お前をヒーローとして続けさせるため、お前を辞めさせないため、こんなにファンが資金援助をしてくれたのだ、と。
その頃妻を失い自暴自棄になっていた虎徹だが、この出来事は彼が立ち直る切欠になった。
次のシーズンには跳ね上がった分の賠償金は減り、元のペースに戻ったのだ。それでも断トツであることに変わりはなかったが。
トップマグも自社ヒーローにそこまでしてくれるファンに心底感謝した。クラッシャーなヒーローとはいえ、長年共に歩んで成長してきた可愛いヒーローである。
ファンの厚意に感謝の意を込めて寄付者に礼を贈ることにした。
何が良いか検討した結果、高価な品でなくワイルドタイガーファンが喜んでくれるもの、出版社であるトップマグだからこそ出来るもの。
つまりワイルドタイガーのデビューから現在までの活動の写真や記事を纏めたものを一冊の本にして、贈与することにした。
自社のヒーローであるため版権等の問題はない。公表しなかった記事や載せなかった写真、それに顔は隠したもののプライベート写真を数枚混ぜ込んで150頁ほどの本にした。
製作資金はかっていないが、寄付者のみに配られる限定本である。
その本がトップマグから手元に届けられた寄付者達は大いに喜び、その喜びをトップマグに伝えた。
その次の年からである。トップマグは個人スポンサーという名目で寄付を募るようになった。
一口5千シュテルンドルひとり二口まで。謝礼はそのシーズンのワイルドタイガーの活動や写真を纏めた本。一万シュテルンドル、つまり二口寄付した場合は裏表紙に直筆のサイン入り。
商魂逞しいが、ワイルドタイガーにヒーローを続けさせるための苦肉の策でもあった。
そしてワイルドタイガーファンは苦笑しつつも個人スポンサーを続けてくれたのだ。
アポロンメディアに移籍してもそのシステムはそのまま継続されている。
今シーズンは本ではなく、アポロンメディアらしく映像、つまりDVDとなり、現在編集中である。


「だから金銭的にはあまり問題はないんだよ。ワイルドタイガーファンの年齢層からいくとヒーローカードや関連商品はあまり売れないけど、個人スポンサーになってでも限定本やDVDを欲しいというコアなファンが多いからね」
つまり誰よりもファンに金を出させているヒーローはワイルドタイガーなのだ。
アイドルヒーローのCDや写真集売上げも足元に及んでいない。
「それにね、うちはバディーヒーローとして売り出してるんだし、なんと言ってもジェイク事件後に彼のサポートで勝てたと公言していたのは君でしょう?お陰で彼の人気や評価は上昇、今更ワイルドタイガーを簡単に辞めさせることは出来ないよ。彼を放逐すれば我が社のイメージダウンに繋がるからね」
苦笑いを浮かべるロイズの意外な話に、目を丸くしていたバーナビーだが、すぐに安堵の息を吐いた。
確かにそうだ。
ジェイク・マルチネス事件後、『シュテルンビルトを救った若き英雄バーナビー』と持て囃され、バーナビーのメディアへの出演はそれまでの比ではないほど増えた。
だがバーナビー自身、自分ひとりの力で勝てたなど過信してはいない。
もしもあのとき虎徹が来てくれなかったら。ジェイクのみならずバーナビーさえ欺いた作戦を実行しなかったら。
きっとバーナビーは勝てなかった。他のヒーローと同じくボロボロに負けてしまっていただろう。
そのくらいジェイクの『心を読む』能力は怖しく、仕掛けられれば自身の能力や意思だけでは対抗することは出来ない。
『心を読む』というジェイクの能力は、公にすればネクストへの差別や恐れを一般市民に植え付ける可能性があるとの理由で、関係者以外への口外は禁止となってしまった。
そのためワイルドタイガーが取った作戦の内容を公表することは出来なかったが、ジェイク達が放送したバーナビー戦の映像には、虎徹の姿がちゃんと映されていた。
前日に誰よりもボロボロになり運ばれていったワイルドタイガーが、その翌朝には相棒のために怪我をおして駆けつけ、その直後にバーナビーはジェイクを倒した。
それは紛れもない事実として映像に残っていたのである。
結局大した怪我じゃなかったのでは?という憶測は一瞬たりとも市民へ与えられなかった。事件後撤収中に倒れたワイルドタイガーの映像が偶然流れ、そのまま入院、ヒーロー活動を数週間停止したからだ。
それがすべてを物語っていた。
バーナビーもそれらの映像を肯定するようにインタビュー時には必ずワイルドタイガーのサポートを強調し、感謝の意を伝えた。
その結果、ロートルだ落ち目だと言われていたワイルドタイガーの評判は急上昇し、お互いを補助し信頼し合うバディーヒーローとしての立場を確立したのだ。

虎徹が辞めさせられることも、タイガー&バーナビーが解散することもない。これからも虎徹とヒーローを続けられる。
特殊な賠償金対策は正直バーナビーを驚かせたが、ワイルドタイガーを陰ながら応援するファンが多いという事実は嬉しく、バディーとして誇らしい。
安堵したバーナビーは改めてロイズの話を脳内で反芻し、ある重要なことに気がついた。
こんなことをしていられない。早急に手を打たなければ。
「すみませんでした。お騒がせしました」
礼儀正しく謝罪したあと、バーナビーは足早に部屋を去って行った。
そんな後姿を眺めながら、ロイズは小さく笑う。
出来が良く将来有望でうわっ面は申し分なかったが、自分のバディーに対しては必要以上に反抗的だったのをロイズは知っている。崖っぷちヒーローである虎徹は立場的にもさぞやり辛かったことだろう。
だがいつの間にか、あんなに尖っていたバーナビーを懐柔し懐かせた。虎徹も大したものだ。
純粋にそう思ったのだが。
30分後バーナビー・ブルックス・Jrからワイルドタイガーに二口分の寄付金の振込みがあり、それを知ったロイズは自社バディーヒーローふたりの関係性について大いに悩み、頭を抱えたのだった。
 

 
  

 

 




■あとがき

ファン(虎廃?)に愛されているワイルドタイガー、な話(笑)。設定諸々好き勝手。
バーナビーとロイズだけで虎徹は登場しませんがラストは私的には兎虎デス(^^)





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