「はーい」
リキッドが返事をしながらドアをあけると、かわいらしいチワワが見上げていた。
「あ、タケウチくん」
リキッドの体に隠れて訪問者はみえないが、自分には関係なさそうだとシンタローは出かける準備をはじめる。
「で、その薬屋はどこにあるんだよ、パプワ」
「わざわざ行かんでもよさそうだぞ」
「え?」
パプワの言葉を聞いてシンタローが小首を傾げる。
その耳に不吉な名前が聞こえてきた。
「イトウくんとタンノくんならいたけど、さっきアッチに飛んでいったよ」
どうも訪問者はナマモノを訪ねて来たらしい。
ナマモノ2匹の名前に一瞬臨戦状態になったシンタローだが、ただ単に訪問者に答えているだけらしいと気がつき体の力を抜いた。
のだが。
「あーら、タケウチくん」
「どうしたの?私たちになんの御用?」
ズサッ、とシンタローがつんのめる。
「・・・不死身のナマモノどもめ」
眼魔砲を2発も喰らい遠くに飛ばされたにも関わらず、復活したどころがもうここまで戻ってくるとはナマモノ恐るべし。
「え?もう出来たの?すごいわ〜v」
「どれ?どれ?私達の夢のお薬はv」
ナマモノ2匹のはしゃく声の中に、不審な言葉を聞きつけシンタローの眉間に皺がよる。
ふ、と足元に視線を落とすとパプワがみあげていた。
「薬、といったよな、パプワ」
「ああ。それにタケウチくんはテヅカくんの助手だぞ」
薬なんて普通の言葉だ。特に気にかけるものではない。
・・・今、このときでなければ。
シンタローは詳しく聞きだそうとドアに向かって走り、リキッドの肩越しに訪問者の姿をみつけた。
「あっ、お前は!!」
驚愕の表情を浮かべたシンタローに気がついたタケウチくんは、シンタローを指差した。
「え?人体実験済?」
「成功例ですって?」
皆がタケウチくんの指先にいる、女体化したシンタローをみた。
結局、イトウとタンノが女性化する薬をテヅカくんに依頼していて、シンタローは運悪くその実験体にされてしまったらしい、ということがわかった。
なんでそんな薬を?という問いに
「シンタローさんのために完全な女になりたかったのよ」
「そうすれば私たちとシンタローさんの間に障害はなにもなくなるわぁv」
と答えたナマモノ2匹は
「おまえらとの間にある隔たりは性別以前のものだ!」
というシンタローの叫びと共に、本日3度目の眼魔砲をうけてふたたび遠くの空に飛び去っていった。
「くっそーー」
まだぶつぶつ言い続けるシンタローの肩にパプワがひょいと飛び乗る。
「いいじゃないか。2〜3日で元に戻るんだろ」
高価な薬だから実験体には少ししか飲ませてないから効果は数日だと言い残してタケウチくんは姿を消した。
というか、シンタローの怒りっぷりをみて、ナマモノ2匹を成敗している隙に逃げ出したといってもいい。
「だいたいなんで飲んだんだ」
そう問われてシンタローのぶつぶつが止まる。
「そうですよ、シンタローさん。自分で飲んだんでしょう?」
「わう」
無理矢理飲まされたわけではなさそうだということは、すでに雰囲気で察していた。
「・・・昨日、食材探しで疲れて休んでるときにあのチワワが来て」
差し出されたお茶を飲んだらしい。
ガンマ団にいるときなら絶対あり得ない話である。見知らぬ者からの差し入れを警戒せず飲み食いするなんて。
でも、このパプワ島でそういった警戒心は必要ないはずなのだ。
・・・普通なら。
命の危険はない代わりに、普通では考えられない危険があるのだということにシンタローは改めて気がついた。
ナマモノ然り、テヅカくん、タケウチくん然り。
よくよく考えてみれば毒キノコだのかっぱもどきだのと、第二のパプワ島は前のパプワ島に比べミョーな連中が多すぎる。
だがこの島にいると警戒心が薄れてしまうのは仕方がないんだ、とシンタローは心の中で言い訳した。
第一、今一番シンタローが警戒しなくてはいけないのは島のナマモノたちではない。
ぐっと顔をあげ、シンタローはリキッドを真正面から見据えた。
「え?な、なんッスか?」
目つきが鋭いとはいえ、ナイスバディーの美人にみつめられてリキッドは顔を赤くした。
「リキッド」
「は、はいっ」
シンタローは肩にパプワを乗せたままの姿でツカツカ歩みよると突然リキッドに抱きついた。
「!?!?!?」
リキッドの体がピキーーンと硬直する。
いつもちょっと目線をあげてシンタローをみているのに、今はリキッドの眼下にシンタローのツムジがある。
さらりと長い黒髪が流れリキッドの体の表面を優しく撫でる。
そして体に押し付けられた柔らかい体。
胸の形がしっかりとした感触で硬い胸板に伝わってくる。
シンタローだと嫌なほど理解しているが、今は綺麗な女性である。
リキッドの心臓はバクバクと鳴り全身が興奮で真っ赤に染まっていく。
「シ、シンタロー・・・さんっ」
ガバッと細い体を抱きしめ返そうとしたはずなのに、気がつけば床に沈んでいた。
「やっぱりお前、当分追放」
腕組みをしたシンタローが、倒れた男の体を片足でグリグリと踏みつけながら宣言した。
「な・・・?」
「パプワ」
「しかたないな」
シンタローの呼びかけにパプワがポンとその肩から飛び降りる。
そして倒れたリキッドの首根っこを掴むと、そのままパプワハウスの外にポイと捨てた。
「俺が男に戻ったら呼び戻してやっから、当分帰ってくんな!」
バタンと音をたて、リキッドの目の前でドアが閉じられる。
「ちょっ、待ってくださいよーーー!!」
叫びながらドンドンと叩くが、ドアはもちろん開かない。
「仕方ないでしょう、男なんだからっ!つうか、アンタが煽ったんじゃないですかーー」
美人に抱きつかれて反応するのは男のサガ。
男なら誰でも綺麗なお姉さんが好きに決まっている。
自分から抱きついたわけでもセクハラしたわけでもないのにこの仕打ちはあんまりだ。
と訴えてみたものの。
「ウダウダ言うとお前にあの薬を飲ませて・・・ストーカーどもに差し出す」
そう言われた瞬間、ゾクリとした悪寒と共に身の危険を感じたリキッドはようやくシンタローの心境を理解した。
「・・・わかりました」
リキッドは肩を落とし、今夜の宿を探しに行ったのだった。
結局リキッドは3日もの間、食材取りだの洗濯だのはいつも通りさせられたというのに、パプワハウスに入ることは許されなかった。
4日目にようやく帰れたリキッドが男に戻ったシンタローをみて「勿体無い」と思ったのは誰にも秘密である。
|