初の戦闘で秘石眼を暴走させ親友を殺したショックで、眼を抉り取った私を擁護してくれたのは二番目の兄だけだった。
その兄が死に、私は哀しみに暮れた。
親友を失い、秘石眼を失い、そして最愛の兄を失い。
哀しみは、その兄を戦地へ送った長兄に憎しみとなって向かった。
もう長兄の顔も、長兄を擁護する双子の兄の顔も、見たくはなかった。
本部から足は遠のき、敷地内の端にある施設内に自室を移し引きこもる日々が続いていた。
なぜあのとき次兄を止め切れなかったのか。
止めてさえいればあの兄が命を失うことはなかったはずなのに。
何度悔やんでも悔やみきれない。
気がつけば頬が濡れていた。
どうして、どうして、どうして。
繰り返し繰り返し問い続けるが、どこからも欲しい答えは返っては来ない。
そんなある日。
緊急通信が入った。
いつもなら無視する私だったが、その通信は無視できないものだった。
特殊な電波を使用するという、次兄が開発途中だった通信機からの通信だったからだ。
これを使えるのは、死んだ兄と、私と、兄を慕っていた同期の高松、この三人のみだ。
あの高松が私に緊急通信を送ってくる。
普通なら有りえないことだ。その有りえないことが現実として起こっている。
それだけ緊迫したなにかが起こったということなのか。
なぜだか急に鳥肌がたった。
受信ボタンを押すと画像は映らず、高松の声だけが流れてきた。
「サービス」
「どうした、高松?」
「すぐ来てくれ。第零セクターの私のラボまで今すぐにだ」
冷静に話そうとしているが動揺が隠しきれていない、そんな高松の声は私の問いに応えることなく一方的に緊急性を訴えている。
「なにがあったんだ?」
「今すぐにだ」
そして通信は切れた。
『第零セクター』。
一部の者しか知らない特殊なセクター。
そこへ来いという高松の言葉に、なぜか私の体はぶるりと震えていた。
いまあのセクターが稼動しているのは、ふたつの小さな命のためだ。
そこからの緊急通信。
私は悪寒を払いのけるように頭を大きく左右に振ると、すぐさま行動を起した。
「高松、来たぞ」
秘密通路を通って第零セクターの高松のラボを訪れたのは通信が入って30分も経っていなかった。
ラボの扉をあけると、真っ青な顔をした高松が私を振り返った。
ほんの少しホッとしたような表情を浮かべたのは、高松が知りえた事実を分かち合う相手を得たためか。
「サービス」
高松の声が震えている。
こんなに動揺するこの男を見るのは初めてかもしれない。
次兄が死んだときも動揺し慟哭していたが、そのときと種類が違う感じだ。
「どうしたんだ」
「お生まれになった」
高松の言葉に一瞬思考が止まる。
お生まれになった。
その言葉の意味することはひとつ。
このセクターで育てられていた胎児が、外界へ生まれ出たということだ。
「どちらの子だ?」
「おふたりとも・・・だ」
長兄マジックと次兄ルーザーの子供が生まれた、と高松は言っているのだ。
ほぼ同時に受精していたから成長も同じ状態だったが、あのふたりの兄の子が同じ日に生まれるとはなんという皮肉。
だが、別に子供が生まれることは緊急性のあることではない。
長兄や一族の者に誕生が知らされる前に、私にだけ連絡が来るのは普通じゃない。
ということは。
「死産・・・だったのか?」
「いや、おふたりとも健康体だよ。だが・・・」
なにが問題なのか私にはわからなかった。
高松はなんのために私をここに呼んだのか、その意図が不明すぎる。
そんな私の疑問を感じたのか、高松は疲れたように小さく笑った。
「とにかく、見ればわかる」
高松はそう言うと私に背を向けて歩きだした。
行き先は乳幼児室。
生まれたての赤ん坊が健やかにすごせるように作られた完全看護の部屋だ。
適温に保たれた部屋はミルクの匂いが仄かに漂っている。
部屋の真ん中には小さい赤ん坊用のベッドがいくつか並んでいる。
手前のベッドの中身が視界に飛び込んできた。
ちいさなちいさな金髪の赤ん坊がむにゅむにゅと眠っている。
私の視線に気がついたのか高松が「マジック様のお子だ」と言った。
あの憎い兄の子供。
だがこの愛らしさはどうだ。
自然と顔が微笑み、暖かい気持ちが湧き上がってくるのを感じる。
「サービス」
硬い高松の声に赤ん坊に向けていた顔をあげる。
奥にあるちいさいベッドの前に立った高松が震えながら私をみている。
「こちらがルーザー様の・・・お子だ」
あの最愛の兄の子供。
高松の異常な態度が一瞬頭から離れる。
嬉々として歩み寄った私は、ベッドの中で眠る赤ん坊をみて驚愕に眼を見開いた。
ちいさなちいさな赤ん坊が、さっきの赤ん坊を同じようにむにゅむにゅと眠っている。
違うのは、その子が纏う色彩。
「な、なぜ・・・」
喉がカラカラに乾いていくのを感じる。
「わ、私も何かの間違いかと思ってすぐに遺伝子検査をしたんだが・・・」
「・・・間違いはなかったのか」
「ああ。間違いなく、ルーザー様のお子だ」
赤ん坊が人の気配に気がついたのか、うにうにと動き「あーうー」と口を動かしながらほんの少し眼を開いた。
その眼の色さえも。
いや、それどころか。
「どうする、サービス」
どれだけ時間が経ったのか、高松が呟くように問うた。
高松の危惧することがヒシヒシと伝わってくる。
この子をみて、高松も私と同じことを考えたのだろう。
金髪碧眼。
『青の一族』と言われる我々はすべてその色彩を纏っている。
母をどの人種に持とうとも『青の一族』の遺伝子情報が強いのか、ひとつの例外もない。
いや、なかった。
たったひとつの例外が今、私の目の前にある。
秘石眼を持っていなかったり、持っていても力が弱ければ一族の出来損ないとして見下される気風が私たち一族にはある。
それなのに、この赤ん坊は秘石眼を持っていないどころか、黒髪と黒い眼をしているのだ。
この子の父であるルーザーの亡き今、この子が生きていくための強力な後見者はマジック以外ない。
だが、実の弟ですら疎んじ見捨てた兄だ。
この黒を纏う赤ん坊を一族の出来損ないとして見捨てる可能性は高い。
マジックの後見を持たなければこの子の行く末は危うい。
どうすればいいんだ。
この子を守るための最良な方法はどこにある。
同じ日に生まれたのに、金髪碧眼で秘石眼をもつマジックの子は誕生を喜ばれるだろう。
それなのにこの子には頼れる父もなく、また生まれたことを疎んじられるのだ。
なんという運命の悪戯、あまりにも不公平だ。
せめて父を逆に持っていれば、この子もまだ。
そこまで考えたとき、最良で最悪の方法が頭に浮かんだ。
「サービス?」
あのふてぶてしいはずの高松の頼りなげな声が私を後押しする。
方法はひとつしかない。
私は小さく微笑んで、黒髪の赤ん坊をゆっくりと抱き上げた。
高松が戸惑ったように私をみる。
「高松、みろよ。マジック兄さんの子だ。黒髪だが可愛いだろう?」
私が言ったことの意味が理解できないのか、高松は口をあけてポカンとした顔をした。
その高松に背を向けて金髪の赤ん坊へと私は歩みよる。
腕の中でむにゅむにゅ言っている可愛らしい赤ん坊に今度は優しく語りかける。
「ほーら、ご覧。この子はルーザー兄さんの子供、つまりお前の従兄弟だよ。これからずっと仲良くするんだよ」
「サー・・・ビス・・・」
震える声で高松が私の名を呼ぶ。
「どうしたんだ、高松?」
私は振り返って驚愕の表情を浮かべている高松ににっこりと笑いかけた。
いくらマジックでも、異端の子だからといって我が子を見捨てることは出来ないだろう。
この子は強力な後ろ盾を得ることが出来る。
そしてマジックは自分が見殺しにしたルーザーの子を我が子と信じて育てていくんだ。
これ以上の最悪で最良の方法はないだろう。
マジックの子はルーザーの子として生きていく。
この子に罪はないが、秘石眼を持つ甥としてマジックの庇護化に置かれるのだ、疎まれることはないはず。
もしかしたら出来損ないの息子より『青の一族』の特徴を持つ甥を跡取りに、と考えるかもしれない。
そうすればこの子はもともと持つべきだったものを取り戻せるだろう。
これが、最良の方法だ。
そして、これこそがマジックへの私たちの復讐になる。
高松の喉仏がゴクリと鳴る。
彼はハンカチで額を拭い大きく息を吐いたあと、私をみてにっこりと笑った。
「同じ日に青の一族の子供が誕生するとは喜ばしい。さっそくマジック様にご連絡を差し上げなければ」
そう言うと私の腕の中の赤ん坊の黒髪を優しく撫で、そして未だ安らかに眠る赤ん坊の金髪を撫でた。
「マジック様がお許しになるのならルーザー様のお子様は私がお育て致しましょう。敬愛する方の子です。誠心誠意尽くしますよ」
無垢な子供の運命を弄ぶ罪。
高松はその免罪として、この金髪の赤ん坊を守り慈しむもりなのだろう。
では私も、この異端の子を庇護し私の出来る限りの力を持って悪意から守ってやろう。
それが私たちに出来るせめてもの罪滅ぼし。
だだの自己満足で決して許されることはないだろうけど。
高松が私に視線を向けた。
「誕生に立ち会った者たちは今、眠らせてある」
「どうにかできるか?」
どうにもできないようなら口封じをしなくてはならなくなる。
「最近開発した洗脳薬の実験台になってもらうよ」
ぶっそうなことを楽しげに言う男だ。
だが、命を奪わなくてすむならそれにこしたことはない。
私は小さく苦笑しながら、黒髪の赤ん坊をベッドに移した。
「なら誕生日もずらした方がいいだろう。同じ日だと怪しむ者が出ないとも限らない」
「そうですね。それはサービス、君に一任しますよ」
罪の上塗りだが、毒を食えば皿まで。やるなら徹底的にだ。
お前たちには本当に悪いことをする。
だが私にはこれしか方法が思い浮かばないのだ。
許してくれとは言わない。
いつか真実を知ったお前たちが私を責める日がくるだろう。
それまで、いやそれからもこの罪の重みに耐えながら私たちは生きていく。
ふと顔をあげると高松と目があった。
辛そうな、苦しそうな、それなのに微かに満足そうな、そんな目をしている。
きっと私も同じ目をしているのだろう。
そして私たちは、最良で最悪の罪の共犯者になった。
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