真夜中の山道を、目を光らせながら銭形は慎重な足取りで歩いていた。
とある筋からルパンの仲間らしき者がいるという情報を得たためだ。
ルパン本人でなくとも構わない。
次元大介であろうが、石川五右エ門であろうが、峰不二子であろうが。
彼らをひとりでもマークすれば、おのずとルパンへ辿りつくはずだからだ。
鬱蒼とした木々に囲まれた細い道がどこまでも続くような気になってきたとき、ザアアと突風が吹いた。
とたんに視界が拓ける。
今までの緑が嘘のように土気色の地面が広がり、一面にゴツゴツした石や岩が転がっている。
その先の、突き出た崖の切っ先に人影がみえた。
石川五右エ門だ。
身を隠すところはほとんどない。銭形は身を地に伏せジリジリと匍匐前進をはじめた。
大きな岩まで焦れるほどゆっくりした速度で辿りつき、サッと岩陰に身を隠す。
すぐにでも捕まえたい衝動が湧き上がるが、ルパンほどではないといえ石川五右エ門も一筋縄ではいかない。
性質的には素直な部類で真っ直ぐな気性をしているから頭脳戦ともなれば勝てると思うが、なんせ侍。
攻撃力、防御力、つまり戦闘能力は誰よりも抜きんでていることは銭形も充分承知している。
ヘタな手を打てば、あっという間に力ずくで逃げられてしまうだろう。
だが、逃げられるわけにはいかない。逃げられたらせっかくのルパンへの道が絶たれてしまう。
周囲を見渡し、崖先にいる五右エ門の退路がないことを確認する。
戻るにせよ、逃げるにせよ、銭形のいるこの場所を通らずにはどこにもいけない。
さてどうするか。
銭形はふたたび視線を五右エ門に向けてその動向を伺った。
修行とやらの最中なのか風の中に立つ五右エ門はピクリとも動かない。
その姿を銭形はじっとみつめ続けた。
強い風が雲を流し、その隙間から月が現れた。
今日は満月に近いのか、月明かりはひどく明るくまるで昼間のようだ。
その月に重なるように佇む男は白く浮き上がり、輪郭だけでなく細部までがはっきりとみえる。
目を閉じて背筋を伸ばし微動だにしない立ち姿は、さすが武道を嗜む者だけあって綺麗だ。
月明かりの下、男にしては白い肌が光るように輝いている。
風に吹かれ着物の裾や袴がばさりと膨らみ、同時に長い黒髪が舞った。
銭形は無意識のうちにみとれてしまっていた。
ルパンばかりに目がいって、その横に立つ石川五右エ門はルパンの添え物程度の認識しか銭形にはなかったから、こんなにじっくりとその外見を眺めたことがなかったのだ。
ルパンや次元の後方支援にまわり前にでてくることはあまりないが、鉄さえ切り裂く人間凶器のような男。
だが、この静寂の中に佇む姿をみると元殺し屋にも犯罪者にもみえない。
それどころか清廉で、性別すらない超絶した存在のようも思えてくる。
無意識にゴクリと唾液を嚥下し、知らずに食い入るようにみつめていた。
風で舞った髪の下から首筋や項が覗く。
バサリと音を立て膨らんだ着物の裾から白い足や腕がみえた。
伏せた睫は意外と長く、すっと通る鼻梁と薄いが形の良い唇。
動悸が早くなっていくのを感じる。
なぜ視線を外すことが出来ないのか自分ではわからない。
「ルパンはここにはおらぬぞ」
ふいに聞こえた涼やかな声に銭形はハッと我に返った。
いつのまにか五右エ門がこちらをみつめている。
その顔はいつも通り無表情だが、みたことがない表情を浮かべていた。
ドクンと心臓が大きく鳴るが、それがなぜなのか、その表情が一般的になんと表現される表情なのか、銭形は無意識のうちに考えることを否定していた。
切れ長の目にみつめられて動けない。
ジャリ
石を踏む音でようやく金縛りがとけた。
バッと立ち上がり、岩場の陰から飛び出した。
どっと汗が吹き出るのを感じながらも、一歩一歩、風に吹かれながら近づく男から目が離せない。
「な、なら、お前を逮捕だ!」
固まった声帯を無理矢理動かし、ようようの態でそう言うと五右エ門はふと笑った。
捕まえるべき相手がすぐそこにいるのに、銭形の体はまた動かなくなった。
逃げる様子もなく、急ぐわけでもなく、ゆっくりと歩く五右エ門はそのままスッと銭形の横を通り過ぎた。
擦れ違う瞬間、壮絶な流し目。
「できるのものなら」
焚き染めた香のような匂いがふわりと銭形を包む。
背後からはザッザッと遠ざかっていく足音。
ふいに強い風が吹き、それに押されてよろめいた拍子に、ようやく銭形は自分を取り戻した。
固まっていたのが嘘のように体が自由に動く。
「待て!!」
ぐるっと振り向き駆け出そうとしたが、すでにそこには五右エ門の姿はない。
また風が強く吹く。
「くそっ」
忌々しげに怒鳴ると頭をブンブンと左右に振って、銭形は五右エ門を追うべく、来た道を駆け戻った。
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