荒地の一本道を大型のバイクが轟音を立てて駆け抜ける。
ハンドルを握るのは茶色い髪を靡かせプロポーション抜群の美女。
そしてその後ろに跨って・・・はおらず器用に胡坐をかいているのは、着物に袴という珍しい格好をした男。
言わずと知れた、峰不二子と石川五右エ門である。
仕事を終えたその場で、別れを惜しむわけでもなく不二子はさっさとバイクに跨った。
まだウダウダとひと悶着ありそうな気配を察した五右エ門もこれ幸いと不二子に同伴を申し出て、ルパンと次元を残しふたり仲良くタンデムという状況になったのだ。
いろいろと大変ではあったがそれなりの充実感に満足しながら、流れる風景に目をやっていた五右エ門だったのだが、ふと不二子の気配が乱れたのを感じた。
危なげなく大型バイクを操縦する女を後ろから眺めた五右エ門の眉間に軽く皺が寄った。
不二子の細い二の腕に血が滲んでいるのだ。
身にピッタリと張り付いたようなライダースーツは真っ黒で、血を吸い込み赤を目立たせないから全然気がつかなかった。
血の匂いはしていたが、片っ端から片付けた敵の血の匂いが自分にも不二子にも纏わりついていたので特に気にしていなかったのだ。
チッと五右エ門は心の中で舌打ちした。
不二子の負傷に気がつかなかった己の未熟さが不甲斐無い。
「とめろ」
「え?なによ、いきなり」
今まで無言だった男が発した言葉の意図が掴めず、不二子は問い返した。
まさかこんな荒野の真っ只中から歩いて帰るとは言い出すまい、とは思ったものの、絶対ないとは断言できないのがこの侍なのだ。
だが、次に発せられた言葉で納得した。
「おぬし怪我をしているではないか」
「このくらい平気よ」
こんなのはいつものこと。
命に関わる怪我でもなし、気をつかうことでも気をつかわれることでもない。
そう不二子は思ったのだが。
「とにかくとめろ!」
予想していなかった背後からの怒鳴り声に、不二子は驚いて思わず急ブレーキをかけた。
キキッとタイヤが音を立てる。
五右エ門はひらりとバイクから飛び降り不二子の横に立つと、血の滲む腕を掴んだ。
「!」
不二子が顔を顰めるのをみて五右エ門の眉間に皺が一層深くなる。
「降りろ」
命令口調で言われて少しムッとくるが、無表情の中にも心配気な様子が伺えて、不二子は仕方なくバイクを降りた。
それを横目で確認しながら五右エ門は何処からか取り出した手拭いをビリリと裂きだす。
近くでみると二の腕の傷は意外と大きくまだ血が滲み出ていた。
「なぜ言わぬのだ」
「このくらい平気よ」
ズキズキと痛んでいたのは本当だが、いつもこのくらい切り抜ける。
基本的に単独プレイが多い不二子にとって、大した傷のうちには入らないのだ。
五右エ門は傷のうえに裂いて細くなった布を器用に巻きつけた。
抑えることにより痛みは幾分かマシになるし、もちろん止血にもなる。
「・・・拙者が運転しよう」
「え?」
地平線まで続く真っ直ぐな道の先に五右エ門は視線を向けながら言った。
「まだまだ街まである。その腕では無理だ」
まだ荒野の真ん中で近場の町まであと1時間はかかるのだ。
「大丈夫よ」
「おぬしが運転を誤るのは勝手だが、巻き添えはごめんでござる」
冷たく言い放たれた言葉とは逆に、五右エ門の目に浮かぶ心配の色をみて不二子は小さく溜息を吐いた。
この男は信じられないほど頑固だ。こういうときは何を言っても耳を傾けないだろう。
予想の通り五右エ門は無言で、だが当然のように操縦席に跨った。
その後ろにしぶしぶと座った不二子の頭にふとひとつの疑問がよぎる。
「アナタ運転できるの?」
「奴らほどではないが、一通りはこなす」
その答えを聞いて、そういえばと不二子は思い出す。
自動車はもちろんのこと、クルーザーやヘリも操作しているところをみたことがあった。
元々頭もよく起用だし、なんと言っても知らないことに対しては素直に人の言うことを聞くから覚えは早い。
ただ、操縦を得意とする次元がいるので機会がないだけなのだ。
「じゃあ、お願い」
怒鳴られた仕返しのつもりで、胸を背中に押し付けキュッと抱き着く。
ビキーンと固まったのが伝わってきたが「腕が痛いんだから仕方がないでしょ」と言うとバイクは走りだした。
後ろからみても耳が赤いのがわかる。
ブツブツと何かが聞こえるので、耳を澄ましてみるとどうもお経のようである。
(いつまで経っても初心ねぇ)とつい笑いが込み上げるてきた。
はじめて会ったときは好意を示してみせ、ガールフレンドという立場を確保した。
女慣れしていない五右エ門など不二子の相手ではない。あっという間にそして簡単にその地位についた。
だが五右エ門と肉体関係を結ぶまでは至っていない。
不二子は利用するだけのつもりだったし、五右エ門も一切そんな素振りはみせなかった。
裏切って、再会して、最初のうち五右エ門は不二子を嫌い、警戒していた。
また騙すのではないか、この女は信用できない。そんな空気がムンムンだった。
とはいえ、不二子は五右エ門に興味がなかったし、純粋なだけで役には立たない男より、もっと役に立つルパンがいたから相手にはしなかった。
だが。
仲間として仕事をするうちに、次第に五右エ門の警戒が薄れてきた。
ルパンを騙し、その煽りをくらう次元と五右エ門は不二子を怒り悪口もズケズケ言ってはいたが、少しづつ気心が知れてくる。
その頃には不二子自身も五右エ門に好意を持っていた。
純粋で素直で頑固で今までみたことのないタイプの男。
男としてではなく弟のような感じでだが、こんな感情を男に対して持つのは初めてで、ちょっと新鮮だった。
五右エ門も不二子を嫌っていないことは伝わってきていた。
男と女でなく、姉弟のような、不思議な関係。
それが不二子と五右エ門だった。
だからさっき怒られて少し驚いた。五右エ門が男に見えたからだ。
こうやって後ろから抱き付いていると、五右エ門の体の逞しさが伝わってくる。
細身だが筋肉がついた硬い体。
強い体臭はなく、炊き込まれたお香の匂いが微かにする程度だが、やっぱり女とは違う男くささがある
不二子ははじめて五右エ門を男として認識したような気がした。
抱かれたいとは思わないが、五右エ門がどんな風に女を抱くのか興味が湧いてくる。
もし煽ったら五右エ門はどうするのだろうか。
五右エ門の腹部で組んでた手をほどき、片手で腹筋から胸板までを撫で上げる。
ビクと微かに反応したがそのまま抱きつくと、体勢を変えただけだと受け取ったのか五右エ門はなんのリアクションも起こさなかった。
もう一度、スルリと手を動かし露になった胸板に指を這わせる。
硬い筋肉の感触。その感触を楽しみながらサワサワと動かすと小さな突起に触れた。
「不二子!」
「なぁに?」
慌てたような五右エ門の声を聞き流し、何気なさを装って答えるとグッと声を詰まらせたのがわかった。
楽しい。
不二子は調子に乗って腹に残していた手を下肢に向けて滑らせる。
が。手首を強く握られ、動きを阻止された。
「・・・なにを考えておる」
「なにが?ただ単に手が疲れてきただけよ」
くすと小さく笑いながらそう答えると手首は離された。
「悪戯もその辺にしておけ」
「悪戯ってこんなこと?」
自由になった手をスッと滑らせ、辿りついた袴の上から股間を握り軽く揉む。
同時に胸に残った指先で、乳首を摘みあげた。
キキッキーーーー!
急ブレーキがかかる。五右エ門はバイクから飛び降りようとしたが、後ろから抱きつかれていて動けない。
それどころか逃げようと咄嗟に体を前に動かしたことにより、股間を強く握りこまれてしまった。
ぜったい偶然などではない。五右エ門を煽ろうとする意図がありありと感じられる。
「ふ、不二子!いい加減にせぬか!!」
身を捩りながら慌てたように叫ばれて、不二子は「仕方ないわね」と呟き手を放した。
途端に五右エ門はバイクから飛び降り、あっという間に数メートル先まで逃げる。
不二子はバイクが倒れないように足でしっかり大地を踏みしめながらも、小首を傾げてニッコリと微笑んだ。
「せっかく男としてみてあげたのに」
口をパクパクとする様を楽しげに眺める。心底楽しい。
今にも斬鉄剣を抜刀しそうな様子に少し呆れ、「初心ねぇ」と小さく呟いた。
こんな美人に抱きつかれて、誘うように触れられて、それを全身で拒否する男。
「見ずともよい!」
絶叫したあと、ハァハァ息を乱す五右エ門の顔は真赤だ。
(悪戯がすぎたかしら?)
でも。
もしも五右エ門が応えてきたのなら、そういう関係になってもいいとさっきは思たのだ。
今はもうそんな気持ちはまったくないが。
「ほら、もう悪戯なんかしないから。運転してくれるんでしょう?」
両手を広げてニッコリ笑うと、五右エ門は唇を噛み締めて睨みつけてきた。
どっちが男なのか、わからない。
(まるで処女みたいな男ね)
そう思うと可笑しさが込み上げてくるが、ここで笑ったら本気で怒り出すことはわかっているから、ぐっと笑いを押さえ込む。
「腕が痛いのよ。もうしないから」
警戒心丸出しの五右エ門を宥めるように優しく言うと、五右エ門は肩を大きく上下させ息を吐いた。
そして、憮然とした表情を浮かべたままではあるがゆっくりと近づいてくる。
「もうしないわ」
「あたりまえでござる。そんなことはルパンにしてやれ」
そう言い捨てると運転席にふたたび跨った。
意外な台詞に不二子は目を丸くしたが、すぐにクスリと笑って両腕を逞しい躯に回した。
バイクがふたたび走りだす。
同時に五右エ門の腹の前で組まれた不二子の手を大きな手が握り込んだ。
「なに?」
「もう悪さはさせん」
片手で操縦されているバイクは安定して走り続けている。
「もうしないって言ってるのに」
「おぬしは信用できん」
警戒をいまだとかない五右エ門に苦笑しながら、手首を軽く一纏めにする大きな手に男を感じる。
(もうしないでおいてあげるわ。今日は、ね)
言葉にすれば、ただではすまないことはわかっている。
だから唇だけを動かして、不二子は妖艶に微笑んだ。
その不二子の顔を見ることがなかった五右エ門は・・・ある意味、幸せだったのかもしれない。
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