「次元ちゃん、とってこーい」
「俺は犬じゃねぇ!」
この会話が交わされたのは何の仕事のときか。
既に記憶は曖昧だったが、ルパンはこのフレーズがなかなか気に入っていた。
別に次元を犬扱いしているつもりはない。だが、性質的に犬っぽいのではないかと思うのも本当だ。
それを聞いた次元は「狼くらい言え」と怒鳴っていたが、一人で行動しているときならまだしも、ルパン達に組しているときはあの義理堅さが狼というより犬な気がする。
と思ったが、言えば益々怒らせることはわかっているので口には出さなかった。
だが、たまに。ルパンは懲りずにこのフレーズを使う。
次元は嫌な顔をするけれども、馬鹿が何か言ってる程度で受け流すことにしたらしい。次第に怒りはしなくなった。
「次元ちゃん、とってこーい、って言ったら怒る?」
ルパンはガックリと肩を落としながらそう問いかけた。右手にはツーツーと音を漏らす受話器を握っている。
「俺を犬扱いすんなって言ってんだろ」
手にした新聞から目を離すことなく、次元はケッと吐き捨てた。
「でもよ、この場合、お前が一番適役なんだよ」
トボトボとひとりがけソファーに近づきボスンと座ったルパンは、ソファーに寝そべる次元に弱々しい視線を送る。
犬扱いされてムカリときたのか返事はないが、話を促す空気が流れているのに気を取り直し、ルパンはもう一度言った。
「とってきてくんない?次元ちゃん」
「・・・なにをだ」
死神と呼ばれるほどの銃の腕を持つ男だが、結局仲間には甘い気のいい男なのだ。
それに受話器の向こうにいたのが誰だか、結局どういう結果を迎えたのか、次元は知っていた。
五右エ門抜きでは進まない仕事なのに、その本人に修行を理由に断られたのだ。
しつこく迫るルパンに五右エ門は次元と異なり、根負けすることはなかった。
最後には受信拒否という手段に出たらしい。少しは携帯の扱いを覚えたようだ。
日頃から携帯所持と操作を覚えるように強要していたルパンの希望通りになったのだが、それはマイナスに働いたようだ。
五右エ門の代わりになるものがあるのかはわからないがルパンのことだ、代案を考えだしたのかもしれない、そしてそれを手に入れろと言うのだろうと次元は予測したのだが。
「五右エ門ちゃん」
「はぁ?」
とってくるように要求されたのは五右エ門自身だった。
「断られたんだろうが」
「断られたくらいで諦めるのか、男が!」
拳を握って叫ぶルパンだが、次元に行かせるところがすでに男らしくない気がするがそれは言わないでおく。
「お前がさ、懐柔しちゃってよ、五右エ門ちゃんを」
修行だといって出ていったのは随分前のこと。当初ならまだしも終盤に近い今なら、懐柔する手はある。
仕事を盾に攻めるより、長く会っていなかった次元を餌にした方が釣り易いとルパンは判断したのだ。
あの五右エ門のこと、そう易々とは首を縦に振らないだろうが、そういうときどういう手段を使えば篭絡しやすいか次元は知っているはずだからだ。
次元もルパンの思惑を正しく理解したらしい。
「・・・そのうち帰ってくるだろ」
「そのうちじゃ間に合わねぇんだよ!お前だって久々にあいつとしっぽりしてぇだろうが!」
ルパンは次元に向かっていやらしい笑みを浮かべて、もう一度言った。
「お願い、次元ちゃん。とってきて?」
次元がアジトを出て2週間近く経つ。
最初のうちは催促の電話をすると「なかなか手に負えネェんだよ」と手こずっている様子が伺えていたのだが。
1週間を過ぎた頃から連絡がつかなくなった。
愚痴を言いつつも声が明るくなって来ていたから、そろそろだとルパンが思った翌日から、なんと次元も受信拒否。
そしていまだに帰って来ない。その理由は考えるまでもない。
「あの駄犬が!!」
ひとりきりのアジトでルパンが苛立たしそうに叫んだが、後の祭り。
どうもルパンちのわんこは「とってこい」の「取って」の部分しか出来ないらしい。
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