抵抗はまだ続いている。
だが最初ほどではなく、それはだんだん弱くなってきていた。
「や、めろ」
顔を背け、ほんの少し出来た隙間から呻くように言った。
だがすぐに後頭部に回された手にぐいっと力がこもり、反れた顔は元の位置に戻される。
くちゅり、くちゅくちゅ。
淫らな水音が響く。
合間に荒い息と喉から洩れたような意味を成さぬ声が交じる。
密着した体を引き離そうと、間に挟まれた手に力を込め相手の胸を押し返すがびくりともしない。
膝がガクガクとしてくる。
背にあたる壁と前に密着している逞しい体に挟まれ、どうにか崩れ落ちずにいるだけだ。
巧みな舌の動きに頭が真っ白になる。
時折電流のような快感が体中を駆け巡る。
このままじゃいけない、残った理性はそう訴えているのにもう動けない。
それでもまだ抵抗を続ける様子に男は困ったように笑い、ようやく舌を抜いた。
開放された唇が新鮮な空気を求め、荒い息を繰り返す。
震える唇には、まだもうひとつの唇が触れたまま。
ペロリと表面を舐め、口の端から垂れた唾液を舐めとってから男は囁いた。
「嫌なら、噛み切れよ」
男の言葉に驚いた目が大きく見開かれる。
その唇に強く唇を押し当てる。
そしてノックするように舌先で唇を叩くと、恐る恐るといった様ではあるが、形のよい唇が薄く開かれた。
男は嬉しげに目を細め、口内にふたたび舌を侵入させた。
もう抵抗はない。
伏せられた瞼、抵抗しない躯。縋りつくように服を握る手。
いつ正気に戻って噛みきられるとも限らないが、こいつにならそうされても構わない。
このキスにはそれだけの価値がある。
男はそう思いながら、腕の中の体を思いっきり抱きしめて、その口内を思う存分貪った。
カタン。小さい音がした。
その途端、物騒な気配が腕の中で吹き上がり、キリコは咄嗟に身を放し舌を抜いた。
ガチン。歯と歯が合わさる音が鳴る。
目の前にはイーという形になった唾液に濡れた唇。
キスの快感に身を任せていたはずのBJは、小さな音で我に返った瞬間、キリコが言った通りに噛み切ろうとしたらしい。
さすがだ。
変わり身の早さに、キリコはおかしくなった。
くくくくっと肩を震わせて笑い出したキリコをBJは口を腕で拭いながら睨みつけた。
「なにがおかしい」
険のある声。憮然とした表情。それなのに体は壁で支えたままだ。
まだ、キスの余韻で体に力が入らないらしい。
それを見てとったキリコは更におかしくなったが、これ以上笑うと懐に忍ばせた手術用のナイフで刺されそうだと、どうにか笑いを抑え込んだ。
「なにをするんだ」
舌をペロリと出して、噛み切ろうとした事実を問う。
「お前さんが噛み切れと言ったんだろう」
「死んだらどうする、医者のくせに」
「舌を噛み切られたくらいで死ぬか。それに、すぐにちゃんと縫い付けてやる」
ようやくといった態で体を壁から放し、一歩踏み出したBJをみて、キリコはゆっくりと後ろに下がった。
意外と凶暴なこの男は、体に力が戻った途端、掴みかかって来そうだからだ。
「それは次回にとっておくよ」
一瞬何を言われたかわからなかったのか、赤い目に疑問の色が浮ぶ。
だが、すぐに意味を悟ったらしい。
怒りか羞恥か一気に顔を真っ赤に染めたBJを見たキリコは今度は大きな声で笑った。
笑いながら背を向けて立ち去る背中に、汚く罵る声がぶつけられるが、追ってくる気配はなかった。
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