此処を越えるなとキッチリとした境界線を引いた。
こっちへ来るな。
入り込むな。
絶対にその線を越えて来るな。
誰もがもつテリトリー。そしてその境界。
それをわざわざ主張することはあまりない。
誰もが普通はその線に気がつき距離を置く。
気がつかず入り込んでくる愚者は完全な拒絶と共に弾き飛ばしてやればいいだけだ。
だが、今回はヤバイ。
お互い境界線があることに気がついているから普通なら侵犯はしない。
したくないし、されたくない。
それが共通の思いで願いだ。
だが、問題はテリトリーがほぼ重なっているということ。
独自の生き方を進む自分と同じテリトリーを持つものは滅多にいない。
それなのに、重なる者が現れた。
考え方もそれに伴う行動も完全に間逆なのにテリトリーはほとんど一緒なのだ。
無意識に侵犯してしまう入り込んでしまう。
そしてその影響力はかなりなもの。
だから、絶対境界線を越えてはいけない。絶対に越えさせてはいけない。
越えたらどうなるのか。
喰い合って片方が滅びるのならそれでいい。
だが、どちらも滅びなかったら?
同じテリトリーの中で喰らい合いながらも共存してしまったら?
これほど怖ろしいことはない。
引き摺り引き摺られる。影響を与え与えられる。自分が自分でなくなる。
強烈な吸引力で離れられなくなる。
だから越えられない。越えてはいけないのに。
「どうしてだ」
「さあ」
間近にある顔は苦悶に満ちた表情を浮かべている。
まるで鏡を見ているようだ。
きっと自分も同じ表情をしているはず。
「なぜこんなことに」
「俺にだってわからん」
吐息がかかる。
唇が重なる。
「どうするんだ」
「どうしようか」
目はお互いを見据えたまま。
強い力を込めて逸らさず閉じず、見詰め合う。
「なぜこんなことに」
「それはこっちが聞きたい」
言葉はお互いの口内に消えて、残るのは絡み合う舌が発する濡れた音。
きっかけはなんだったのか。どちらが先に越えたのか。
覚えていないし、わからない。
いや、きっかけなどなかったのかもしれない。越えたのは同時だったのかもしれない。
だが今はもうそんなことはどうでもいい。
越えてしまった、侵犯してしまった境界線。完全に共有してしまったテリトリー。
これからどうなるのか、どこに流されてしまうのか。
不安、恐怖、そして戦慄。そしてほんの微かな高揚感。
お互いの意志では、もうどうにもならない。
同じテリトリーの中で足掻いて拒絶しあって求め合うのだろうということだけは理解できる。
流されないように取り込まれないように。
しっかりと両足で踏ん張って己を支えていかなければならない。
だが今は。
お互いを貪り貪られ。
越えてしまったことから発生した悦楽を共有しあう。
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