■数字の日■
 
 

節くれだった大きな右手を開いて、指を5本ピンとたてる。
「石川『五』右エ門」
親指を折り曲げる。
「『次(四)』元大介」
人差し指を折り曲げる。
ピンと張っていた残りの指が少し内側に傾いた。
「ルパン『三』世」
中指を折り曲げる。
「峰不『二』子」
女性に例えられることが多い薬指も折り曲げる。
残った指は1本。
「銭形幸『一』」
残った小指も折り曲げて、ぐっと握りこぶしをつくる。
「俺が『一』番だ!!絶対ルパンを捕まえてやる!!」
拳を振り上げ自らを鼓舞する銭形警部。


いくらとっつあんが頑張っても捕まる気は更々ない。
どこまでも逃げてやる。生きている限りいつまでも。
だけどもしも。
「死んだあとも追いかけて来たらそんときゃ執念に敬して捕まってやるよ」
窓の外からそっと様子を伺っていたルパンはクククと笑って、そう呟いた。

 
 
■3月14日■
  

 
 
 

   
■靴の日■
 
 

初対面のとき靴を見ればだいたいのことがわかるといわれるほど、靴は重要なアイテムだ。
国や人種によってただの消耗品扱いだったりするが、普通はそうじゃない。
うちは代々靴屋で小さな工房を持ち、未だ手作り、基本的にオーダーメイドだ。
親父は昔ながらの職人気質なのだが、なんか妙な所で柔軟性があるらしい。
衝撃の少ないクッション材、蒸れない素材、水に強く速乾性のある素材、etc。
伝統ある従来の製法に、色々なものを少しずつ組み込んでいき、歩きやすさ使いやすさの追求を欠かさないうちの靴は評判がいい。
まあ、ステータスのみ求めるだけの靴を大事にしない客は門前払いする頭の硬さもあるから、商売的にはトントンだ。
靴職人としての自分に誇りもあるし、勿論親父も尊敬している。
だがひとつ、前々から納得できないことがある。
「親父さん、久しぶりだな」
この男だ。
1年に数回来るときもあれば、何年も来ないときもある。
親父とは長年の付き合いがある男でいつも親しげだ。
挙句、親父はいつこの男が来てもいいように靴を用意している。
「おまえ、何年来てねぇんだ。ちゃんとメンテナンスに来いって言ってるだろうが」
「すまん、忙しくってな」
ボリボリ頭をかく男はあまり身なりが良くない。
まあ身につけているものの質は悪くないが、着こんでいるといえば表現はいいけど、はっきりいってボロイ。
鉤裂き、ひっかき傷、ほつれ。
帽子もコートもスーツも・・・そして靴も。
親父が丹精込めてつくった靴もボロボロになっている。
それが無性に腹立たしい。
もっと手入れしろ、もっと大切に扱え。
靴の手入れでその人となりがわかるもんなんだぞ、あんたは最悪だ。
「今回は速乾性素材を使ってみた。海に落ちても川で泳いでも形崩れしないしすぐ乾く。履いてみろ」
親父が靴を差し出すと、おおと嬉しそうな声をあげて男は靴を履き替えた。
そうだ、この男の靴にはいつも最新素材が使われている。
毎月男から50ドルの振込みがある。
年に数足、数年に一足、男の手に渡る靴の数はマチマチだから一概にはいえないが、毎月50ドルぽっちの積み立てじゃオーダーメイドのうちの靴の代金には足りない。せいぜい材料費程度だ。
「久々にこの街で仕事か」
「ああ、予告があってな」
足踏みしたり、店の中を歩きまわったり、靴を足に馴染ませながら親父と会話している。
「なかなかいいな」
「当たり前だ。なかなかっていうな」
「すまんすまん」
不機嫌そうな口調でも親父の機嫌がいいのはわかる。
男もわかっているのだろう、軽く謝りながらガハハと豪快に笑った。
「この靴はどうする?捨てるか?メンテナンスするか?」
古い靴を指差すと男は目も真ん円にして首をぶんぶんを横に振った。
「捨てねぇぞ、まだまだ履ける!」
その言葉に満足そうに頷いた親父が、クイッと合図を送ってきて驚いた。
この男の靴は製作からメンテナンスまで親父がしていて、他の誰かに任せたことはない。
それなのに。
親父に認められたようなくすぐったさを覚えながら、男の靴を手に取る。
やっぱりボロボロだ。傷もあるし、踵は磨り切れてしまっている。
だけど近くでよくみるとそれなりに手入れしてあることがわかった。
親父の厚意に甘えた、親父の靴を大事にしない嫌な客だと思ってたが、そうでもないらしい。
だが、このボロボロ具合はやっぱり不愉快だ。もっと大事に履け。
そのとき電話が鳴った。
男は携帯電話を取り出すと険しい表情を浮かべて叫んだ。
「なに!?奴を見かけた!?どこだ!?すぐ行く!!!」
軽く手をあげ挨拶を投げて男は携帯片手に店を飛び出していった。
あまりの慌しさに口がポカンを開けた俺を見て、親父は愉快そうに笑った。
数日後。
ルパン三世から犯行予告があった美術品を輸送するというニュースが流れた。
リアルタイムでTVに映った、ルパン捜査の第一人者という銭形警部をみて驚いた。あの男だ!
あとはまるでアクション映画を見ているようだった。
護送車が襲われ美術品が盗まれる。
銃撃戦とカーチェースのあと、河へ車ごとダイブ。
水中から浮かび上がると豪快に泳いで地上に戻る。
他の警官が見逃していたルパン変装を看破する。
逃げる自転車のあとを走って追い、引き離されないその脚力。
「すげぇ」
「どうだ、あれがわしの靴だ」
ずぶ濡れになっても排水しすぐに乾く。
アスファルトを走っても衝撃を吸収して足腰への負担を減らす。
ダッシュや急停止に対応した靴底。
親父は誇らしげにTVの向こうの男を見ている。
「それにテイスターも兼ねてるからな。金はいらねぇと言ってるんだが」
義理堅いというか、月々振り込んでくるんだ。
親父はそう言って苦笑した。
色々な素材を組み込んでいく親父の靴。
あの男の動きに耐え切った素材が使われているなら、そりゃ評判も良くなるだろう。
「さあ、追いかろ、逃がすな!!」
拳を振り上げて叫ぶ親父の横で、俺も拳を握り締める。

メンテナンスを任された古い靴。
あの男が驚くくらい、新品同様に仕上げてやろうと決心して。

 
 
■3月15日■
 

 
 
 

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