|
仲間に加わってまだ一年も経っていない侍が憮然とした表情で問うた。
あるときは仲間、あるときは敵、そしてことあるごとに裏切る女。
それを許すルパンには腹を立て、諸悪の根源である不二子にも腹を立てている。
顔を合わせ仕事を重ねるうちにそんな雰囲気がぷんぷんと漂っていたのだが、今あるのは怒りではなく純粋な問いかけだ。
「なぜ裏切るのだ？ルパンのおぬしへの気持ちを玩んで面白いか？」
わかってないのね、と不二子は思う。
ルパンと不二子の間にあるのはただの愛だの恋だの憎しみだの、そんな薄っぺらい感情ではない。
愛を捧げ尽くすだけの女にルパンは興味を持つか？
己一人に縛り付け愛をただひたすら乞う女をルパンは愛し続けると思うのか？
不二子としても性格的にそんな女にはなれないし、なりたくもない。
不二子は不二子なりに、自分という個を立てルパンと渡り歩き駆け引きを繰り返し、誰にも真似できない関係をつくりあげているのだ。
それがわからない人間にわざわざ説明するつもりはないし、どうこう言われたくはない。
だが、この一年、ルパンの新しい仲間である侍と付き合って来て、この男が嫌いではないと感じている。
人間として真っ直ぐすぎて生きにくいだろうにそれでも我を曲げないところは、呆れつつもある意味尊敬できる。まあほんの少しではあるけれど。
だからこの男は味方につけておきたい気持ちがあるし、こんなことを問いかけてきた趣旨返しをしたい気持ちもある。
じっと見つめる五右エ門を見返して、不二子は悲しげに笑ってみせた。
五右エ門の眼に驚きの色が浮かぶのを見て、心の奥底でほくそ笑む。
「貴方にはわからないのね」
「･･･なにをだ」
問い返す五右エ門から目を逸らし遠くを眺めながら、真っ赤な紅を引いた唇を開く。
「確かにルパンは私を愛しているわ。女として･･･少なくとも女の中では一番愛しているのでしょうね。でも」
言葉をいったん止めて、クスリと笑ってみせる。
五右エ門は何も言わず、不二子を見つめて続きの言葉をじっと待っている。
「でも、一番ルパンが大事にしているのは、心から愛しているのは･･･次元なの」
「･･････はぁ？」
一瞬の沈黙のあと、間抜けな声が五右エ門の唇から発せられた。
目が真ん丸だ。ぽかんとあいた口が子供みたいで、ちょっと可愛い。
「知らなかったの？あのふたりはそういう関係なのよ？よく考えてみてちょうだい、本当に気が付かなかった？
ルパンが私を愛しているのは本当でしょうけど、私に頻繁にアプローチしてみせるのは、次元を煽るためなのよ。
私はあのふたりにとってのスパイスみたいなものなの。嫉妬して嫉妬されて愛情確認みたいな。
そんな扱いされてるんですもの。少しくらいルパンを利用させてもらっても許されるはずよ。
というより、そのくらいしなきゃ割に合わないわ。だから、五右エ門」
半信半疑なのか、記憶を辿っているのか、唖然としている五右エ門の手を不二子は両手でしっかりと握った。
「貴方も気を付けて」
「･･･は？」
「もし次元が貴方に愛を囁いてくることがあっても、それはルパンが私に対するものと同じ。ただのスパイス、刺激なの。絶対信じちゃだめよ。」
「ば、ばかな、そんなことっ」
「そうね、馬鹿なことね。信じてくれなくてもいいわ。私が言ったことも忘れてくれていいわ。でも万が一のときは、私の言葉を思い出してね」
不二子の衝撃の告白、そしてそれに巻き込まれる可能性、次元から愛を囁かれるかもしれないという信じられない予言のようなもの。
優しげで寂しげではあるが一気に捲し立てられた内容に、思考が追い付いていないらしい五右エ門は口をパクパクしている。
勿論、嘘だ。
今言ったことは真っ赤な嘘である。
でも最近なんとなく。
なんとなくではあるが、次元の五右エ門を見る目に色がついているような気がするときがある。
次元自身まだ自覚がないかもしれないけど、そんな感情を持ち得る可能性が絶対ないとはいえない。
だが万が一、次元が五右エ門にそんな感情を向けることがあっても、今の作り話を聞いた五右エ門は信じないだろう。
いい気味だ。
日頃からルパンにベタベタして、不二子に敵意を向けてくる、鬱陶しい次元に対する嫌がらせだ。
ちゃんと、信じなくっていい忘れていいと不二子は言った。
それを信じるのも忘れないのも五右エ門の勝手である。今後何があっても不二子のせいではない。
不二子はにっこりと綺麗に微笑んで、硬直したままの五右エ門に背をむけ、アジトを後にした。
|