「土産だ」
散歩から帰って来た五右エ門が紙袋を差し出した。
一瞬意味がわからず、紙袋と五右エ門の顔を見比べていると、ズズイと紙袋がアップになる。
「・・・サンキュ」
長ソファーにだらーと寝そべっていた俺はムクと起き上がり、それを両手で受け取った。
小さい紙袋はホカホカと温かく、食べ物の匂いがする。
袋をあけて覗き込むと鯛焼きがふたつ。
ひとつは白い鯛焼き。たしか皮がむちむちとするのが売りなやつだ。
もうひとつは普通の鯛焼きっぽいが、微かに透けて見える中身は餡ではなくクリームのようだ。
『こんなものは邪道だ!』
確か、以前これを喰ったときに五右エ門は眉間に皺を寄せ、そう言い放った。
はずなのなのに、なんでこれを買ってきてるんだ?
首を傾げていると、ソファーが沈んだ。
近い気配と腕に触れる体温。
驚いて横を見ると五右エ門がピタリと寄り添うように座っている。
ソファーも椅子も他にちゃんとあるというのに。
それにこの長ソファーは3〜4人は座れる大きさだ。
こんなに近くに座る必要があるのか?
勿論嫌な訳ではない。どちらかといえば嬉しい部類だ。
だが、理由がわからない。
「半分ずつだ」
「そうか」
普通なら茶の準備でも始めるだろうに、五右エ門は動かない。
ピタリと密着して座っているだけだ。
「・・・コーヒーでいいか?」
難色を示しそうな提案をするが、五右エ門は「うむ」と軽く頷いた。
せっかくの接近状態を壊すのは勿体ないが、俺は立ち上がりコーヒーメーカーからコーヒーをいれる。
チラリと振り向くと、膝に手を置いて微動だにせず、大人しく待っている。
まるで主人を待つ犬のようで、ちょっと可愛い。
「ホラ」
カップを渡してやると「かたじけない」と軽く頭を下げて受け取った。
別のソファーに座るのはなんだが、さっきと同じ場所に座るのもなんだなぁと思い、同じソファーのちょっと離れた場所に腰を下ろした。
ふたりの間にあるのは普通の距離、20センチくらいだ。
それなのに。
座った途端、五右エ門が腰をずらし、また俺にピタリと寄り添う。
様子を伺っても変らない表情からはその意図がまったくわからない。
普通シラフでこんなことが出来るような奴じゃない。
もし、したとしても恥ずかしそうにしていたり、耳を赤くしたりと何かしら反応があるものなのだが。
「どうした?」
「なにがだ?」
半分に割った鯛焼きを差し出してくる顔は、とぼけているわけでもなく本当に俺の質問の意味がわかっていないようだ。
「・・・うまいか?」
「ああ」
はむはむと食べる仕草が妙に幼い。
ちょっとぼんやりとした瞳、緩慢とした動き。
本当にどうしたんだ、こいつ。
病気か?熱でもあるのか?と不安になった俺は、助けを求めるようにあたりを見回した。
残念ながらルパンは留守だ。なんでこういうときにあいつはいないんだ。
八つ当たりな気分が湧き上がりそうになったそのとき。
俺の視界の端にカレンダーが映った。
ん?カレンダー?
さっぱり口と手が動かない俺を非難するような視線が投げられ、反射的に手にした鯛焼きを口に突っ込む。
咀嚼すると満足したのか、五右エ門は視線を外しコーヒーを飲むと、二つ目の鯛焼きを取り出した。
カレンダー。
なにがひっかかったのか、今度はしっかりとカレンダーを確認する。
じっと穴が開きそうな程見ているうちに、「あっ」と気がついた。
声に出ていたのだろう、五右エ門が「どうした」とふたつめの半分の鯛焼きを差し出して聞いてきた。
「いや、なんでもねぇ」
「そうか」
誤魔化した俺を気にする風もなく、五右エ門は再び鯛焼きを食べ出す。
同時に甘えるようにコテンと傾げられた頭が俺の肩に乗った。
その髪をクチャと掻き混ぜ、肩を抱いても五右エ門はされるままだ。
いつもなら拒絶するか、恥ずかしさのあまり怒り出すのだが、それが一切ない。
そうか、今日は2月29日だった。
ある意味本能で生きているような五右エ門は、366日目という4年に1度しか来ないこの日に、生活サイクルというか体内時計が狂ってしまうらしく。
ちょっと常とは違う反応、行動を起こす。
少し厄介だが、慣れれば可愛いもんだし、仕事さえ入れなかったら面倒も起こらない。
それどころか上手く誘導すれば、俺の思うがままになる。
「今日は早く寝ようぜ」
「なぜだ?」
「その方が楽しいからだ」
「そうか」
やっぱり左脳はちっとも働いていないようだ。
警戒丸出しになるどころが、俺の言葉の意味を考えることも疑うこともなく、素直にコクンと頷いた。
さて、今夜はどう料理してやろう。
いや、夜まで待つ必要もないかもしれない。
どうせ限られた時間なら無駄なく有効に使わなくっちゃ勿体無い。
コーヒーを啜る五右エ門を横目で眺めながら、俺はニヤケつつ楽しい時間の過ごし方を考え始めた。
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