■ピンクに染まる■

 
 
 
 
 

頭の中がぐわんぐわん鳴っている。
言われた意味がわからなくって、いや、意味はわかるが趣旨がわからず、少々パニクったのだ。
ルパン三世たるものが。
問題発言をした侍は真面目で真剣な顔をして凝視してくる。
聞き間違いでも、言い間違いでもないらしい。
「・・・なんて?」
でも、もしかしたらもしかしたら一瞬眠って夢を見てしまっただけかもしれないので、一応問い返してみる。
「だから、接吻をしてくれと申したのだ」
夢でも白昼夢でもないらしい。
間違いなく現実で、悪夢だ。
どうして仲間に、それも大の男にキスをせがまれなくてはいけないのか。
「・・・なんで?」
「おぬしが何か出来ることはないかと言ったのではないか。無理なら別に良いでござる」
不機嫌そうにぷいっと顔を背ける五右エ門の表情には照れも落胆もない。
恋だの、愛だのといった感情からきた発言ではなかったようだ。
「確かに言ったけどさぁ」
困ったようにポリポリとルパンは頭を掻いた。

最近の五右エ門はなんだか様子がおかしかった。
一生懸命無言無表情を貫いてはいたが、いつもとは違い、とにかくなにか態度や反応が不審だったのだ。
それに目ざとく気がついたルパンだったが、最初は放っておいた。
悩みを抱え込む侍に何を言っても頑なに口を割らないだろうと思ったからだ。
聞き出すなら、悶々と悩みに悩んで切羽詰った状態になったときが一番簡単だ。
それに子供じゃないのだから、悩みぐらい自分で解決できるだろう。余計なお節介はしまい。
そう考えていたのだが。
気がつくと次元の様子もおかしかった。
単体だとそこまでではないが、ふたりが同じ空間にいるとそれが顕著に現れる。
というか、次元と五右エ門の間に流れる空気に少なからず緊張感が含まれているのだ。
きっとなにかがあったのだろう。
好奇心が疼く。
なんとなく予想はついてはいるが答え合わせがしたくなって、ルパンは五右エ門に標準を合わせた。
次元より五右エ門の方が、ポロリと口にしそうな気がしたからだ。
『悩みなら聞いてやるよ』
『ひとりで抱え込むな』
『俺に出来ることがあれば言ってくれ』
口を閉ざし続ける五右エ門に、包容力をみせながら優しく語りかけた結果、先の言葉が発せられた。
・・・意味がわからない。
この侍は悩み過ぎてどうにかなってしまったのだろうか。
チラリとソファーに視線を送ると、次元が寝そべっていた。
随分長い間無言だったし、軽い寝息も聞こえていたから眠っていたのだと思う。さっきまでは。
今は寝たふりをしながら息を潜めて成り行きを見守っているようだ。
なんだか面白い展開になっているような気がする。
ルパンは気を取り直し、ふてくされている五右エ門を眺める。
本当に無理だろうか。
うーんと唸る。
とにかく試してみてもいいかもしれないと思う。
微かに伝わってくる次元の怒りと焦りが、ルパンの悪戯心を刺激した。
「よし。五右エ門、こっち向け」
言ったものの、まさか受け入れられるとは思っていなかったのか、五右エ門が驚いたような表情を浮かべた。
まぬけともいえる顔で少し愛嬌も感じる。
これならイケるかもしれないと、ルパンは五右エ門に手を伸ばした。

顔を近づけても五右エ門は凝視するだけで目を閉じることをしない。
唇が触れる手前でルパンは苦笑して「目を閉じろよ、五右エ門。エチケットだろう?」と囁くと、ようやく慌てて目を閉じた。
軽く触れてみると唇は所詮唇で、女の感触とかわらない。
自分が抵抗を感じないことを確認して、ルパンは今度は強く押し付けてみる。
一文字に閉じた唇は荒れておらず滑らかで、ある意味気持ちが良かった。
五右エ門の様子を伺いながら唇をついばむが、ただの皮膚の接触程度の感覚しかないのか五右エ門は完全に無反応だ。
ムカリとルパンの心に苛立ちが湧きあがる。
この俺様にキスされて、なんの反応もないというのはいったいどういうつもりだ。
そっちがそのつもりなら。
別に五右エ門が何かを言ったわけでもないのに、なぜか喧嘩を売られたような気分になったルパンは五右エ門の顎を掴み引き下げる。
そして、開かれた唇の隙間から己の舌を捻り込む。
口内に侵入してきた舌に驚いてとっさに逃げようとした五右エ門の頭を抱え込む。
体は逃がしても、唇は逃がす気はさらさらない。
ルパンは奥に逃げ込む舌を追いかけ絡ませて、想像以上に熱く心地良い口内を思う存分味わいながら、持ち得る最高のテクニックを披露した。

ルパンが手を放すと、五右エ門の体はその場に崩れ落ちた。
肩で息をし、荒い呼吸を繰り返す姿を見て、ルパンは「勝った!」と小さくガッツポーズをとる。
ただのキスのはずが、いつのまにかルパンの中では勝負事にすり替わってしまっていたのだ。
望んだこととはいえ五右エ門には気の毒なことである。
「どうだったぁ?」
蹲る五右エ門の前にしゃがみ込み、感想を尋ねる。
聞かずとも、相当その体を煽ったことは間違いない。
五右エ門を性的にみたことはなかったが、漏れる呻き声は充分官能的だった。
「・・・心臓がバクバクしておる」
「そりゃ、俺の最高のテクニックだからね」
キスでいかせられれば文句なしだが、残念ながらそこまではなかったらしい。
「この前と同じだが・・・」
考え込むような態度で五右エ門がぽそりと呟いた。
「この前って?」
問うても答えは返ってこない。
ゼイハアと乱れた息が収まるまで無言でいた五右エ門は、大きく深呼吸して立ち上がった。
「礼を言う。おぬしのお陰でよくわかった」
「なにが?」
久々にスッキリとした表情を浮かべた五右エ門は、ルパンの問いに答えず、次元の眠るソファーへ近づいていく。
ふたりがキスしている間、息を殺してじっと我慢していたのだろう、握られた掌からほんの少し血の香りが漂ってくる。
やり過ぎたか?今更ながらにルパンは慌てた。
ルパンの予想が当たっていれば、おそらく次元と五右エ門は。
「次元、起きておるのだろう」
目元を隠した帽子を取り去る侍を見て、ルパンは更に慌てた。
この天然はわかっていて俺とキスしたのか、と。
「・・・だからなんだ」
地を這うような低い低い声。
子供や小心者ならちびってしまいそうな程の怒りと殺気が含まれている。
「では、説明はいらぬな」
そんな悪魔のようなガンマンにも五右エ門はまったく動じない。
それどころか。
ヒョイと腰を屈め、不機嫌に歪んだ唇にちゅっと唇を落としたのだ。
次元が驚きに固まったのをルパンは見た。そんなルパンも目の前に繰り広げられた光景に、同じく硬直したのだが。
次元の抵抗がないのをいいことに、ちゅっちゅっと軽く吸い上げ、唇を何度か触れさせた五右エ門は、満足そうに体を離した。
「なっ、何をしやがるっ」
驚きを通り越して怒りにかわったのか、ようやく次元が怒鳴りながら起き上がった。
「何を怒っておる」
キョトンとする五右エ門に次元の拳がワナワナと震える。
ほんのさっきまでルパンとディープキスを交わしていたくせにどういうつもりだ、と声にならない怒りがルパンにビシビシと伝わって来る。
が、当の本人には微塵も伝わっていないらしい。
「おまえっ!」
「おぬしも先日、拙者に接吻したではないか」
そう言われて次元がピシリと固まる。
予想通りとだったとはいえ、ルパンも同様だ。
「ホラ、わかるか?」
五右エ門は臆することなく次元の手をとり、己の胸元に導いた。
最初は不機嫌で怪訝だった次元だが、何かに気がついたのか少し驚いた様子で五右エ門を見上げた。
「動悸が早くなるのは同じだが、おぬしとは口が触れただけでこうなる」
ルパンのような巧みなテクニックがなくても、次元とは触れるだけのキスでも鼓動が早く激しくなる。
その意味は。
「・・・ルパンで試すな、ムカつく」
「もうせぬ」
うわっとルパンは体を逸らした。
部屋中がピンク色に染まったような気がしたからだ。
「消毒するから舌をだしな」
次元は立ち上がり、五右エ門の顎を摘んだ。
どういう意味だ失礼な!そう叫びたかったが、素直に舌を出した五右エ門を見て、その後の展開を察したルパンは、そんなもの見たくねぇとばかりに脱兎の如く部屋を飛び出した。


ルパンが消えふたりっきになった部屋は、益々ピンク色に染まった。
 
 
 
 
 

■PINK■

 
 
 
■あとがき■

色のお題は『桃』。

相思相愛になる瞬間のジゲゴエ。
なのに、ルパンとのちゅうシーンありです。ハハハ。

好きな人なら触れただけでもときめくんだよー
というのを身を以て確認する五右エ門さん。
次元は色々苦労しそうな感じかも(笑)




 

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