胸に咲く紅い花は死の花だ。
吸い込まれた弾丸の先。それが頭部だろうと肩だろうと腹であろうと同じなのだが、なぜか胸に咲く花が特に死のイメージが強い。
拳銃と共に生きる次元にとって、それはいつか自らの体にも咲く花である。
死に様は色々とあるが、やぱり最期は拳銃を片手に銃弾によって迎えたいという仄かな願いはある。
その花が五右エ門の胸に咲くのを、猛スピードで走る車の中から次元は見た。
銃弾を受けてよろめいた五右エ門はそのまま橋桁を越えて落ち、水しぶきをあげる。
「五右エ門!」
叫びながら次元は『マズイ』と思う。
あの五右エ門が自らの体を支えきれずに川へ落ちたのだ。一発とはいえ重症である可能性が高い。
数発喰らっても生きながらえることもあれば、一発で命を落とすこともある。
ようは当たりどころの問題である。
とはいえ、水に落ちればそれだけ出血は早まる。その先にあるのは出血死。
それを免れても意識を失っていれば溺死という可能性もある。
次元はルパンに向かって「お前はブツを!」と叫ぶと、走る車から飛び降りた。
土手を転がり落ちる衝撃と痛みが全身に広がるが、意識は水中にいるはずの五右エ門に向かっていた。
だが、意識を集中させるあまり次元は敵の手に落ちてしまった。
目の前の河の中には五右エ門がいるというのに助けに行けない焦燥感。
次元に出来ることは、幾度も死地を越えてきた五右エ門が、今回も己の力で生き延びるのを願うことだけだった。
サグラダファミリアの異変に、次元はルパンが目的を果たしたことを知った。
これから何が起こるのか。
自らのケリはつけた。そろそろ五右エ門もケリをつけ終えている頃だろう。
いくら相手がプロの殺し屋とはいえ、五右エ門が利き手が使えずにいるとはいえ、所詮は剣での勝負。
あげく、殺し屋とはいえ女相手に本気で斬りかかっていたのだ、斬鉄剣と共に生きることを定めとする五右エ門が負けるはずはない。
そう信じてはいても、やぱり感情は別のもので、次元は走る速度を速めた。
先程の場所に五右エ門はひとりで佇んでいた。女はいない。
「五右エ門!」
次元の声に反応して五右エ門が体を向けた。
右と左、ふたつの紅い花が、白い包帯の上に、白い肌の上に鮮やかに咲いていた。
ゾクリと背筋を悪寒が走る。
激しい剣の応酬で先日の傷口が開いたのだろう、右肩の花は大きく、血の芳香を漂わせている。
左胸の花はあの殺し屋の女にやられたのか、、未だジリジリと花弁を増えさせている。
「次元」
言葉と共に五右エ門の殺気が緩んだ。同時に緊張の糸も切れたのだろう、ぐらりと体をよろめかせる。
「おい、大丈夫か!」
走り寄り、手を伸ばす。
この前は届かなかった手は、今度こそ五右エ門の腕を掴み、その体を支えた。
触れた肌の冷たさに、ヒヤリと髪が逆立つ。
傷口が開いたにもかかわらず、剣を交え激しく動いていたにもかかわらず、五右エ門の体は熱をほとんど持っていなかった。
血が流れ過ぎたのだ。
この胸に咲く、ふたつの紅い花が命を吸い取っている。
次元は無言で五右エ門が巻いている晒を解くと、それで傷口を止血した。
「・・・死ぬなよ」
小さな呟きに五右エ門は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに「ふっ」と笑った。
間近で見た次元の動悸を速めるほどの生やかな笑みだ。
「大丈夫だ。おぬしは・・・心配性だな」
小さいが力強い声色。
次元の顔に苦笑が浮かびあがる。
未だジワジワと滲んでくる紅い花弁。冷え切った体。
それらを隠すように暖めるように、次元は肌蹴た体に服を身に着けるよう促す。
素直に従った五右エ門はまた小さく笑うと、「大丈夫だ」と繰り返して言った。
五右エ門の左手を掴み肩にかけ、その身を引き寄せてから次元は歩き出す。
「大丈夫だと言っておるのに」
「だが、足元がおぼつかねぇじゃないか。早くしないとガウディのお宝を見逃すぜ」
この続く地鳴りと鳴り響く音楽に、きっと手には出来ない、手に入れることが出来ない、一瞬のお宝であることが知れる。
一歩一歩進むたびに五右エ門の体を強く抱き寄せる。
自分の体温が少しでも移ればいいと次元は願う。
冷たさは死と隣り合わせだ。
ふと足元を見ると、紅い死の花弁が至る所に散っている。
誰の血なのかはわからないが、120年以上経ってもまだ教会とは呼べないこの偉大なる工事現場が、いつか聖なる場所になったとき、その持ち主は許され安らかな眠りを与えられるのだろうか。
ふと脳裏に浮かび上がったエンチメンタルな思考を次元は頭を振って消し去った。
「出口だ」
明け方とは思えないほど光に満ちている外を見て次元は確信した。
まだ五右エ門は死なない、今はそのときではない、と。
形になったガウディの夢を、満足気に見上げる五右エ門の唇を、次元は横からそっと吸った。
冷えた体と違って口内は熱く、命の存在を感じる。
一瞬呆けたあと、ようやく何が起こったか理解した五右エ門の顔が朱に染まった。
同時に急上昇した体温を服越しに感じて、次元は声をあげて笑った。
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