■庭園デート■

 
 
 
 
 

手持ち無沙汰にポケットに手を突っ込んで、次元は嬉々としている五右エ門の後をついて歩いていた。
『ちょっと知り合いの頑固親父から情報を聞き出してくるからさ。ま、30分くらいで戻ってくらぁ』
ルパンにそう言われた次元は当たり前のように車内で待っているつもりだった。
が、しかし。
その駐車場のすぐ横に五右エ門の好みそうな観光地があったのだ。
何百年前に藩主のために作られたという日本庭園。
五右エ門がそれを見逃すはずはない。
特に何も言わなかったがきっとルパンもそのつもりだったのだろう。ルパンは妙なところで五右エ門に甘いのだ。
無表情ながら嬉々としているという器用な侍が入場門へ向かうのを、次元は呆れながらも車を降り、ついて行くことにした。
「なんだ、こりゃ」
暑いせいか、しょぼい土産屋の店先に普通の帽子が沢山売っている。
その横には独楽だの武士鬘だのと、外国人目当てのような土産が置いてあるのだ。
「誰が買うんだ」
ちゃちな作りの鬘を横目で眺め、ふと前を見ると既に入場券を購入した五右エ門が次元を待っている。
「へいへい」
早足で近づくと「遅いぞ」とチケットで胸元をつかれた。
別に俺は興味ないんだけどなぁと思うものの、それを口にすれば侍の「日本人たるもの」などという説教が始まりそうなので、無言で大人しくチケットを受け取った。
入場してすぐに広がる風景を見て、五右エ門が嬉しそうに息を飲んだ。
湧き水の池は浅いながら透き通り底まで見える。
植えられた木々も隅々まできちんと剪定され手入れが行き届いている。
作られた丘には緑々した芝生が植えられ、目に鮮やかだ。
五右エ門は足早に池のほとりまで近づき、まさに日本庭園といった様を目で楽しんでいる。
まあ悪くはないが、そんな嬉しそうにするほどどこがいいのかわからねぇ。
そう思いながら大きく溜息をついた次元だが、それは理解しかねるという溜息ではなく、庭園内が禁煙であるという事実を知った溜息だった。
どの国もどの地域もどんどん喫煙者に厳しい世の中になっている。
日本の屋外観光地といえども、同じことらしい。
「次元、行くぞ」
五右エ門は弾んだ声でそう言うと、次元を振り返ることなく歩き始めた。
石造りの小さな橋の上から池を覗き込み、気持ちよさ気に泳ぐ鯉を眺める。
五右エ門は楽しそうだが、次元といえば鯉の大きすぎるほどの大きさに気持ち悪さを感じていた。
水辺では観光客が餌をやっているが、その餌への鯉の食いっぷりというか集まりっぷりが凄い。落ちらたら自分も食われてしまいそうだと思いながら、鯉は肉食だったかと馬鹿なことを考える。
敷地内には神社、稲荷、藩主の銅像、茶室など、狭いながらに色々あり、五右エ門はかなり満喫しているらしい。
こんなに狭い敷地にこれだけあれば、日本を肌で感じたい外国人にはうけるだろう。
まあ、外国人だけとは限らないが。
生粋の古き良き日本人、といえば言葉はいいが、いいとこ江戸時代の時代錯誤の現代の侍も充分満足したらしい。
煙草を吸えない苛々感はあるものの、まあたまにはこいつに付き合ってやるのもいいか、と次元は苦笑した。
立札にある由来を読んだり、賽銭入れてお参りしたりと、ゆっくりと散策したつもりだったが、30分くらいで一周してしまった。
改築中だという茶室を見学できないのが残念だと言った五右エ門に、近くの土産屋の店主が「いつもなら有料ですが、茶を立てたりしてるんですけどねぇ」と愛想よく声をかけてきた。
いくら日本人とはいえ五右エ門の格好は(当たり前だが)目につくらしく、老いた店主はなにか懐かしげな表情で五右エ門に笑いかけている。
まるで年寄り同士の茶のみ話のように、話をはじめた五右エ門と店主を置いて、次元は池のほとりへと進む。
日本庭園だというのになんとも不釣合いな洋風の鉄製の椅子が置いてあったのだ。
二人がけのベンチと一人用の椅子が数個。
その前に小さい写真屋があるところを見ると、記念撮影用に置いてあるのだろう。
庭園をバックに撮るにはいい場所だが、その椅子達はこの風景にはなんとも似合わない。
そんなことを考えながらも、次元は気にすることなく、ベンチにドサリと腰をおろした。
たった30分歩いただけで疲れたわけではないが、煙草が吸えない状況で手持無沙汰だったのだ。
ふう、と溜息をついて鉄製の背にもたれ掛って空を見上げる。
そろそろ夕暮れどきだ。空は蒼いものの、端から少しずつ色づき、暮れ始めている。
「もう疲れたのか」
声の方向に顔を向けると、五右エ門が呆れたような表情で見下ろしていた。
「疲れてねぇよ。ただ」
「ただ?」
「煙草が吸いてぇ」
ますます呆れ返った顔をして、五右エ門はドサリと次元の横に座った。
「狭い」
男ふたりが座るにはちょっと狭い。見るからにわかるだろうに五右エ門は文句を言いながらも、なぜか隣に座った。
「満喫したか?」
「お蔭様でな」
形だけだったのか既に呆れた雰囲気は消え、嬉しそうな満足そうな気を放っている。
「そりゃよかった」
つられて次元も口の端をあげて笑った。
「はーい、そのままそのまま!!」
聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、ドンと目の前に小さなテーブルが置かれた。
椅子とお揃いの華奢なデザインのテーブルのうえには、ピンクや赤、白といった可愛らしい花が飾られている。
なんだ?なんだ?と顔をあげて前を見てみれば、赤いジャケットのモンキー顔の男がちょうどシャッターを切るところだった。
「記念撮影しゅうりょー!さーて、待たせたな。行こうぜ」
ニヤニヤ笑いながらルパンは言い放ち、写真屋らしき人物に「勝手に使ってごめんねーこれチップ」と幾らかの金を握らせている。
「遅せえぞ」
名残惜しげに足を止め庭園を振り返る五右エ門を置いて、次元はルパンの横を通り越して出口に向かう。
「楽しいデートだったでしょうが。五右エ門ちゃんも満足してるみたいだし」
ウヒヒと後ろからかけられる声に少し苛っとしながらも、次元は出口を抜けると速攻で煙草を咥えた。
「禁煙じゃなければな」
自分の好みではないが、楽しそうな五右エ門を見るのはやはり嬉しい。
だが、それを正直に表に出せばルパンが何を言い出すのかわかるだけに、無表情を決め込む。
「まあ、そう言うなって。いいもん見せてやるからよ」
ルパンは次元の肩を組むと、内緒の品を見せるように携帯を取り出した。
訝しげな次元にヒヒヒと笑いかけ、先ほど撮った画像を表示させる。
狭いベンチに仲良く並び、前には可愛い花が飾られたテーブルが写っている。
「まるで新婚さんじゃねぇ?」
「は?」
悪戯気な目をして意味深に笑うルパンにげんなりするが、男ふたりのツーショットにはちょっと不似合いなのは確かだ。
「なにが新婚なのだ?」
いつの間にか追いついたのか、五右エ門の問いかけが真後ろから聞こえた。
ササッとルパンは携帯を懐に仕舞うと、「いやぁ、あのカップルが新婚かどうかを次元と賭けてたのさ」としれっと言い放つ。
「つまらぬことを」
溜息をつき五右エ門はふたりを置いてさっさと駐車場へと向かうが、その後姿は観光のかいあってか機嫌良さ気だ。
「つれないなぁ」
苦笑を浮かべるルパンと共に侍のあとを追いながら、次元はコソリと呟いた。
「さっきの画像、あとで転送してくれ」
一瞬キョトンとして足を止めたルパンだが、次の瞬間に大爆笑した。
そんなルパンをその場に残し、訝しげに振り返った五右エ門に追いつくと、「あんな馬鹿は放っておけ」と囁き、夕暮れ迫る中ふたり並んで歩く。


その後、運転中の次元の携帯にルパンから画像が転送されてくるが、同じく五右エ門の携帯も受信音が鳴ったのを次元は冷や汗もので聞いたのだった。
 
 
 
 
 
 

■TEIEN DATE■

 
 
 
■あとがき■

じろたんさんとオフでお会いしたとき
観光地の日本庭園(?)に行きました。
純和風の場所に行くとどうしても五右エ門妄想が発生します(笑)

記念としてじろたんさんが
「ジゲゴエ庭園デート」なイラストを描いてくださったので
それにお話をつけてみました。

・・・というより
一緒に庭園をうろうろしたときの状況を
ジゲゴエ変換にしているだけだったりして(笑)

 
 



 

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