パチリと目覚めた五右エ門の目には見慣れぬ天井が映った。
ここはどこだ、と考えるも思い出せないどころか、いつ眠ったのか記憶が曖昧だ。
「拙者はいったい・・・」
まだぼんやりとした思考をめぐらせながら、起き上がろうとみじろいだ途端全身に鈍い痛みが走った。
その痛みが記憶を揺り起こす。
そうだ、昨夜。
ターゲットの屋敷に盗みに入ったものの、計画が漏れていたのか待ち伏せをされた。
大量の銃器類を使って片っ端から攻撃を仕掛けられれば、いくら世界に名高いルパンファミリーとはいえ、とりあえず撤退する他なかった。
逃げる最中に爆風に吹き飛ばされて・・・そのあとの記憶がない。
五右エ門は無理せずゆっくりと上半身だけを起こし、己の体を確認する。
打撲や裂傷は多々あるが、幸いなことに骨には異常はないし大きな怪我もない。
絆創膏やガーゼ、包帯などが体のあちこちに貼られ巻かれて、きちんと手当てがしてある。
体も汚れがなく清潔だが、晒はもとより衣服はなにも身に着けてなかった。
爆風に巻き込まれて意識を失ったあと、ルパンか次元がここまで運んでくれたうえに丁寧に手当てまでしてくれたのだろう。
「・・・不覚」
お互い様であることはわかっている。立場が逆でも五右エ門も同じことをするだろう。
だが、それでも迷惑をかけたことには変わらない。逃走中にお荷物をかかえていれば命に関わることもあるのだから。
ガックリ頭を落とした五右エ門の視界の端に何か見慣れた色彩が映りこんだ。
それが何か確認しようとしたとき、ガチャリとドアが開いた。
「次元」
顔を向けると次元が大きな紙袋を抱えて入ってきたところだった。
「よう、目が覚めたのか」
ズカズカと近づいてきた次元はサイドテーブルのうえに荷物をドサリとおろした。
「迷惑をかけた」
「アリャ仕方ねぇさ。ま、お互い様ってことだから気にすんな」
次元は五右エ門を見下ろしながらニヤリと笑う。
そういえば。何回か前の仕事で怪我をした次元を背負って走ったことを思い出す。
あのとき次元は「悪ぃな、いつか借りは返すぜ」と言ったのだ。それに対して五右エ門は「仲間同士で借りも貸しもないだろう」と応えた。
今回はあのときと立場が逆だということだ。これ以上、うだうだ言っても次元は鼻先で笑うだけだろう。
ふ、と苦笑して五右エ門が視線を逸らした先に、さきほど気になった色彩があった。それが何か理解して目を大きく見開く。
そんな五右エ門に気がついた次元は苦笑しながら言った。
「爆風でな。焦げてるわ破れてるわでボロボロだから捨てようかとも思ったんだけどよ」
いつも五右エ門が身に着けている着物は、みすぼらしい布の塊に変わってしまっていた。
「お前なら繕って直すかもしれねぇなぁと思ってよ。置いといた」
「かたじけない」
「血や泥でドロドロでよ。洗ってやってもよかったんだが・・・洗濯機につっこんでよかったか?」
「いや」
「ま、あとは自分でやってくれ」
次元は手を伸ばし着物の残骸を掴むと、それを五右エ門の膝の上にバサリと投げた。
手に取ってみてその無残さを再確認する。これは元に戻すのに時間がかかりそうだと五右エ門は小さく溜息をついた。
「ほらよ」
ベッドのうえに見慣れぬ洋服がバサリと投げられた。
紙袋から手を引き抜く度に洋服を掴み、五右エ門へ放ってくる。
シャツにスラックスに靴下。
「・・・なんだこれは?」
「裸で過ごすわけにはいかねぇだろ?」
替えの着物はないし、今まで来ていた着物がこの状態では、確かに袖を通すものがない。
洋服はあまり好きではないが、文句は言えない。
次元のようにダークでもなくルパンのように陽気でもない、落ち着いたモスグリーンのシャツ。
値札がついているところをみるとわざわざ買ってきてくれたらしい。
五右エ門は軽く会釈して礼を示したあと、ベッドから降りようと体を動かした。
「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫だ。寝込むような傷ではない」
床に足をつき、さて立ち上がろうとして五右エ門は気がついた。
褌がない。
「あ、下着も買ってきたぜ」
いくら男同士とはいえ目の前でぶらぶらさせるわけにもいかず、ベッドの縁に座ったままの五右エ門の前に、新たな品が差し出された。
いつも次元たちが身に着けているのを同じタイプの下着だ。
「褌がいいなんて無理いうなよ」
五右エ門は無言のまま立ち上がり、トランクスを履いてみた。
なんか隙間が沢山あいていて安定感がなく心もとない。
どうにかならないものかと、引っ張ったりまわしている姿をみて、次元が笑った。
「・・・なぜ笑う」
「やっぱ慣れねぇか」
「おぬしらはいつもこんなものを履いているのか?・・・心もとなくないか?」
「ねえよ」
答えながらも次元はぶぶーと噴き出した。
眉間に皺を寄せて心細さげに問いかける五右エ門が面白かったらしい。
笑われてムッとした五右エ門の目の前に、別の品が差し出された。
「じゃ、こっちはどうだ?」
「?」
受け取った下着をヒラリと広げて五右エ門は絶句した。
トランクスと違い、布が断然に少ない。
前部分に少し。そしてサイドや後ろ部分は紐のように細い布なのだ。
「なんだ、これは」
「ビキニパンツだよ」
「ビキニ・・・」
まるで女性用下着のように布地が少ないその下着は、かなり破廉恥な品に見える。
「俺に言わせりゃ褌も同じようなもんだ。とにかく履いてみろよ」
こんなものと褌を一緒にするなとブツブツ呟きながらも、次元が考えて購入してくれたものだ。五右エ門はしぶしぶと履いてみた。
「む?」
「トランクスよりこっちの方がよ、全体をぐっと締め付けて褌と似たようなもんじゃねぇか?」
確かに。
布地は少ないものの、前面部分を完全に包み込んだ布はビッチリと押さえ付けてくる。
尻の間に食い込む布はいつもより細いが、思ったよりも気にならない。
「色は白だが・・・褌と同じ色の方が馴染むだろ」
服や下着を買ってくるだけではなく、五右エ門の好みに合わせようといろいろ考えてくれたらしい。
「かたじけない」
そう言って五右エ門はシャツに手を伸ばした。
「着るのか?」
「当たり前であろう?」
次元の言葉の意味がわからずに五右エ門は訝しげな表情を浮かべた。
「けどよ、着物を手洗いするなら服は着ない方が濡れずにむんじゃないか?」
次元が送った視線の先にはボロボロの着物。確かに繕うよりも先に洗う必要がありそうだ。
「動けるなら今のうちに洗って繕っとけ。ルパンがリベンジするって計画を立て直してるからな」
「リベンジ?」
「かなりカッカしてるぜ」
次元は何を思い出したのか、クククと笑った。
「今から飯作るからよ、その間に洗っとけ」
「わかった」
五右エ門は素直に頷き、着物を持ち上げるとそのまま洗面所へ向かった。
身につけているのはビキニパンツ1枚。
「・・・堪んねぇ」
しっかりとした足取りで部屋から出ていく五右エ門の後ろ姿を見送ったあと、次元は鼻を押さえた。
ピッタリとしたビキニパンツはその形をくっきりと浮き上がらせていたのだ。
白なら尚更いやらしく、透けて見える。
それに尻。
細い布で谷間は隠されているが、形のいい尻は丸見え。
褌と似たようなものだといえばそうなのだが、侍が履いているのがビキニパンツだと思うと、堪らなく興奮する。
「当分、楽しめそうだぜ」
洋装の五右エ門、というだけで煽られる対象であるのに、服の下はあのいやらしいビキニパンツなのだ。
脱がしてもいいし着衣のままでもいいし、なかなか美味しく興奮するシチュエーションが期待できそうだ。
「とりあえず飯だ、飯!」
台所に行く途中、洗面所を覗いて目の保養をしておこう。
次元はわくわくしながら、五右エ門のあとを追うように部屋を出たのだった。
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