気がつくと薄暗い闇の中にいた。
遠くがかすかに明るかったり、すぐ横を蛍のような発光体が掠めたりするが、周囲がどうなっているのかいまいちわからない。
とりあえず明るい方へ向かって歩き始めたが、いくら歩いても辿り着かない。
それどころか、ハッと気がつくと目印にしていたはずの遠くの灯りが背後にあったりする。
歩き続けて息が切れたり疲れたりすることはないが、たまにズキンと肩の付根に激痛が走る。
触ってみても傷らしいものはないのに、時折襲いかかる痛みは息が止まりそうなほどだ。
どれだけ歩いたかわからない。だが、歩かずにはいられない。
延々と歩いてもどこにもたどり着かない。
どうしていいのか、どこに向かっていいのかわからず、途方に暮れ始めたとき。
数メートル先に白い手が現われた。
腕から指先まですんなりとした発光するように綺麗なそれは、どうみても女の手だ。
「じげん」
聞き覚えのある女の声。だが誰だかわからない。
「じげん」
白い手がゆるりと手招きをする。
ああ、あの手を俺は知っている。
昔愛した女の手だ。
綺麗に揃えらた爪も掴んだら折れそうな細い手首も懐かしい。
あの手を取ればいいのか。
どこに行けばわからないこの暗闇の中、あの手が行き先を教えてくれるのかもしれない。
掴もうと手を伸ばした。
届かない。一歩踏み出すと、細い指がひらひらと誘うように蠢いた。
あともう少しで触れる。
そう思ったとき。
肩に手が置かれた。
ふとみると前にあるのと同じくらい、白い手だ。
だが、筋が浮き、細いが節がある指は、どうみても男の手だ。
ああ、この手も俺は知っている。
「じげん」
女が呼ぶ。
前に浮かぶ手がにゅるりと伸びて俺の手を取ろうとした瞬間。
肩に置かれた手が、俺の襟首をひっつかんで後ろにひっぱった。
ぐえ。
締められた喉から蛙がつぶれたような声が出た。
だが、そんな俺の状態も無視して、その手はそのまま俺の体をすごい勢い引き摺りだした。
く、苦しい。なんて乱暴なんだ。少しくらい待て。
「じげん」
招く手と女の悲しそうな声がどんどん遠くなっていく。
バックダッシュさせられている俺は、これ以上首を絞められないようにするので精一杯だ。
(おまえはなんだ、苦しいじゃねぇか、手を放せ!)
声が出せない。だから心の中で罵った。
すると雷のような叱咤の声が脳内に響き渡たった。
(道もわからぬ愚か者が文句を言うな!!とっととこっちへ還って来い!!)
聞き覚えのある声。今後はちゃんと誰だかわかる。
「五右エ門」
掠れた声でその名を呼んだ。
白い天井。
俺を覗き込んでいるのは見覚えのある男の顔。
身じろぎした途端、肩にズキンと激痛が走り更に意識が覚醒した。
ああ、そうか俺はあのとき撃たれて。
安堵の表情を浮かべた五右エ門に「ただいま」と言うとぶっきらぼうな口調で「遅い」と返された。
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