五右エ門は並々ならぬ決意を固めて次元の前に立った。ずっと胸に秘めてきた想いを打ち明けることにしたのだ。
今までの長い付き合いからも、男同士の恋愛に激しい拒絶反応をみせていた次元であるから、告白をしても受け入れられるとは微塵にも思っていない。
男に、それも仲間に惚れた己に気がついたときは驚愕したものだったが、育ち故か元々そういうことにあまり偏見を持っていなかった五右エ門であったから、一度恋情に気がつけばその気持ちを己のものときちんと認めて受け入れた。
とはいえ、それを次元に伝えるつもりは更々なかった。
伝えても相手を困らせるだけだし、恋する者に蔑視の目を向けられることに耐えられそうになかったからだ。
だが、五右エ門の恋心を知らない次元は無防備に笑顔を向けてくる。機嫌が良ければ肩を組み、呼び止めるために腕をとる。
なにげない接触や、なにげない言葉、そしてなにげない表情。
そのすべてが五右エ門の心を揺り動かし動揺を与えた。
そんなことを繰り返しているうちにとうとう五右エ門は音を上げた。
恋心はどうしても消えてくれない。このままじゃこの気持ちを悟られてしまう。
ならばいっそのこと自らすべてをぶちまけて、そのうえで拒絶され軽蔑に満ちた目で見られた方が、ショックは大きいだろうがその分恋心を消すことができるかもしれない。それに、なにも知らない次元の横にいつまでも気持ちを隠して恋々としながら立つことに対し、強い罪悪感も持つようになっていたから、ちょうどいい切欠になる。
そうと思ったのだ。
ふられてきっぱりと諦める。
そう決心したのだったが、やはり本人を前にすると体が竦み、言葉が出てこない。
ソファーに寝転んで新聞を読んでいた次元は、五右エ門の気配を感じても顔をあげなかった。
五右エ門が近くにいるのはいつものことだし、ただ通り過ぎるだけかと思ったからだ。
だが、緊張した気を発しながらも話しかけるでもなくずっと側に佇まれていれば、気にならないわけがない。
というか、ものすごく気になる。
五右エ門の気配から察するに言いづらいことを言おうとして、でもなかなか口にだせない。そんなところだろう。
だからといって次元から問いかけてやったとしても、結局は「なんでもない」と答えるかもしれない。
でもそれでは困る。一回気になったらとことん気になるというのに、一度口を閉じれば頑固な五右エ門はなにがなんでも言わないだろう。
だから次元はそしらぬ顔をして、五右エ門が行動を起こすのを待つことにした。
ある意味我慢くらべである。
根負けしたのは次元だった。
このままじゃ埒が明かないと小さく溜息をつきながら、新聞を折りたたむ。
「なんだよ」と問いかけようと顔をあげ、五右エ門をみて次元は固まった。
どんな真夏の暑い日だろうと涼しい顔をしている五右エ門が大量な汗をかいて真っ赤な顔をしていたのだ。
直立不動という言葉がピッタリなくらいに背筋を伸ばしまっすぐに立っている。
こんな様子でずっと立っていたのだと思ったら、さすがの次元も驚き呆れた。
まさに一代決心。
そんな言葉がぴったりと当てはまる。
次元が顔をあげたことにより、五右エ門の緊張は一気に高まった。
決心していたとはいえ、これを境に冷たくされるのだ。いや、それよりも口下手で心情を表に出すのが苦手な五右エ門にとって、愛の告白はこれ以上ないというほどの緊張を与えてきていたのだ。
だが、一度決めたこと。
ここでやめるつもりはない、哀しいまでに漢な侍である。
「次元・・・っ!!」
名前を呼ばれて、次元の固まっていた体がビクッと震え、それを切欠に体は自由を取り戻した。
「な、何だよ・・・」
いったいなんなのだ、と次元は目の前の男をじっくり観察した。
伝染した緊張の糸が切れたことにより、脳も動き出し、次元を正常な思考へ戻した。
泣きそうなほど潤んだ目。
小刻みに震える体。
真っ赤に染まった顔となにかを発しようと薄く開かれた唇。
それを見て取った次元はある結論に達した。
(まさか。まさか。これは、愛の・・・!?)
辛いも甘いも嫌なほど経験を積んできた次元である。
根が素直で子供のようにちょっと単純で巧く嘘がつけない。そんな五右エ門の気持ちなどとうに気がついていたのだ。
そして次元自身驚いたことに、その気持ちが嫌ではなかった。むしろ嬉しく感じたのだ。
鈍感な五右エ門のこと、無自覚なのかもしれないと思っていた。
それなら自覚させようと、積極的に接触をはかりなにげなく触れたりして、挑発し続けた。
じわじわと真綿で包むように丁寧に慎重に包囲網を引いて、完全に五右エ門を己のモノにしようと色々と画策した。
それがとうとう実を結んだというのか。
心臓が激しく脈うち、五右エ門の一世一代の告白を待つ。
五右エ門がすうっと大きく息を吸い込むと、唇を震わせて叫んだ。
「じ、じ、次元ーーーっ!!」
次元の胸は期待に高まった。だが。
「だい、だいすけでござるーーーっ!!!」
噛んだのか、それとも直前になって告白を急遽とりやめたのか。
それはわからないが、期待していた分、次元の落胆は大きかった。
「・・・・・そうだな・・・おれァ大介だな・・・」
今日ほど、自分の名前が大介だったことが忌々しかったことはない。
大介なんて名前じゃなかったら、ちゃんと「大好き」と言って貰えた可能性が高いからだ。
だが、「大好き」という言葉が頭に浮んだ途端、目の前の男が可愛くって愛しくってたまらなくなった。
「好きだ」「愛している」「惚れている」そんな言葉ではなく、「大好き」。
まるで子供のようじゃないか。そして自分はその子供のような男を今まで散々翻弄してきたのだ。
小さな罪悪感。だが、それ以上の衝動が次元を突き動かした。
ゆっくりとソファーから立ち上がり、五右エ門の真正面に立つ。戦き揺れ動く瞳を覗き込みながら、白い手を両手で包んだ。
「俺はお前のことが好きだ」
言葉にした途端、次元は気がついた。これじゃ伝わらないかもしれない。
仲間として「好き」だという意味にとられるかもしれない。
「勿論こういう意味で、だ」
驚きに目をまん丸に見開いている五右エ門の唇にそっと唇で触れる。想像していたよりも暖かく柔らかい。
いったん唇を離して、硬直した体をかき抱くと今度は強く唇を押し付けた。
中までは入らない。角度を変え表面に触れるだけのキスを繰り返す。
たっぷり時間をかけて唇の感触を楽しんだあと、次元は顔を離した。
いつの間にか閉じていた瞼がゆっくりと開き、切れ長の瞳が次元を真正面からみつめる。
「ホラ、もう一回言えよ。今度はちゃんと。」
優しい瞳と優しい声色で囁く次元をみて、五右エ門はこれが夢でなく現実であることをようやく理解した。
「・・・次元」
「なんだ?」
「拙者はおぬしが・・・大好きでござる」
告白の言葉はやっぱり「大好き」だったとはなんてかわいい男だと、次元はつい笑いそうになった。
だが、ここで笑えば五右エ門はからかわれたと誤解してしまう。
「俺も大好きだぜ」
次元はそう囁くと、ここまで顔が接近すれば浮んだ笑みは五右エ門には見えないだろうと思いながら、ふたたび唇を合わせた。
はたからみればニヤけた色ボケ男だったが、幸いにもその顔を誰かにみられることはなかった。
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