堅物の侍を仲間に加えて数ヶ月。
組んで何度も仕事をこなしたし、お互いがいることにすっかりと慣れた。
付き合いが長い自分と次元の仲ほどまでにはいかないが、それなりに信頼関係は築かれているとルパンは思う。
だが。
「なーんか、まだ固いんだよねぇ」
次元と五右エ門が、である。
どこがどうとは、はっきりとわからない。
言葉に出して説明はできない。
だが、感じるのだ、ふたりの間に薄い薄い膜のようなものがあることに。
お互い腕を認め合ってるし、それなりに信頼感もある。
ま、信頼していなければ背中を預けて一緒には仕事できないだろう。
「なーにが原因なのかさっぱりだぜ」
五右エ門の自分への態度と次元への態度が微妙に違う。
本人にはその自覚はなさそうだが、ルパンの目からみるとそう見える。
次元も右に同じである。
一度仲間と認めた相手に変な気をつかうようなやつらではないはずだ。
実際ルパンに対してはいっさいの遠慮はない。
それなのに。
あのふたりの間だけが、ほんの僅かに微妙になにかあるのだ。
「どうしようかねぇ」
仲間としてこれからもやっていくならこのままでいいはずはない。
本人達に自覚がないのなら、ルパンがどうにかしなくてはいけないのだ。
なんていったって『ルパン』ファミリーを名乗っているのだから。
「世話ぁやけるったら」
そう言いながらルパンは腕を組んで首を傾げた。
なんで、どうして、あいつらはお互いにあんな感じなのだ。
だいたい五右エ門を仲間に加えると言ったとき次元は反対しなかった。
それどころかルパンがそう言い出すのを待っていたかのようだったし、五右エ門の腕をきっちりと認めていた。
だから五右エ門を仲間に誘ったのに、なにを今さらあいつは。
それに五右エ門も五右エ門だ。
仲間に誘ったとき、あいつだって次元の腕を認めていた。
一度しか対決していない、というか一度しか会っていないのにも関わらずだ。それなのに。
「・・・あれ?」
そこまで考えてルパンはなにかひっかかるものを感じた。
なんだ、今確かに何かが引っかかった。
ルパンの勘がそれがすべての原因であるといっている。
「うーん、もうちょっとで・・・」
ひとりブツブツ呟きながらルパンは最初から考え直した。
その夜、ルパンは大量に酒を持ち込んで酒盛りをしようとふたりに持ちかけた。
「酒盛りぃ?」
「なんだ、いきなり」
「いいじゃないの、いいお酒が入ったのよ〜」
そう言いながら次元の前にドンと年代物のバーボンを置く。
「お?」
次元の目が驚きに見開かれたあと、口元が嬉しそうに歪んだ。
「五右エ門ちゃんにはこれ」
ドンと五右エ門の目の前には日本酒の瓶。
それもかなりのレアもので最近中々手に入らないと言われているやつだ。
「こ、これは!?」
流石の五右エ門もガッチリと喰らいついてくる。
「な、酒盛りしたくなってきただろ?」
苦労して手に入れたかいがあったものだと内心思いながら、ルパンはニヤリとふたりに笑いかけた。
ルパンの意図はまったくわからないが、目の前の酒の誘惑にふたりは抗えない。
「さ、さっそく始めましょうか。と、その前に。おまえら何か酒の肴を準備してちょうだい」
冷蔵庫を漁ってどうにか準備された肴を並べ、ルパンファミリーの酒盛りは始まったのだった。
旨い酒が揃えば、嫌がおうでも盛り上がる。
仕事の失敗談や成功談。
これから狙いたいお宝の話。
色々な話を肴にゲラゲラ笑いながらも酒は進む。
五右エ門もふたりの過去話に興味を持ったらしく、たまに質問を交えながらも楽しげに聞いていた。
日頃は日本酒しか飲まない五右エ門に洋酒を進め、次元にも日本酒を飲ませる。
ルパンの用意した酒は様々で、いわゆる悪酔いしやすいチャンポン状態で酒盛りは続いた。
「うーー、トイレ」
ブルッと体を振るわせて次元がフラフラと立ち上がった。
酒に強い男ではあるが、今夜飲んでいる量はハンパじゃない。
流石に酔っているようである。
「トイレは廊下に出て右よ、次元ちゃん、間違ってクローゼットなんかにすんなよーー」
ドアから出て行く次元の背中にルパンがそう言うと
「アホが、そんなことすっか」
と、既に消えた男がドアの向こうから叫び返す。
ゲラゲラとルパンは笑ったあとに、同じく笑っていた五右エ門の肩に腕を回した。
「たまにはこんなのもいいだろう?」
「そうだな」
深酒ですっかりとリラックスして機嫌がよくなった五右エ門は珍しく笑顔が多い。
こんなににこやかなこいつをみるのは初めてかもしれない、とルパンは思う。
「そうそう、その笑顔。いつもそんな顔してればいいのによ」
「・・・意味もなく笑えぬだろうが。それともニヤケタ男がいいのか。それは気持ち悪くないか?」
「違いねぇ」
そう言ってルパンはまたゲラゲラと笑った。
「だが、俺たちゃ、3人きりの仲間なんだぜ。仲良くしようや」
ルパンは組んだ肩を引き寄せられた五右エ門の体がピクンと反応する。
なんだ?とばかりに顔を覗きこむと五右エ門も同じくルパンの顔をみていた。
「・・・そうなのか?」
「ん?」
「ルパン帝国だのルパンシンジケートだの組織的な噂も以前小耳に挟んでいたが」
ルパンの仲間になって、そんな組織の存在は感じなかった。
だからただの噂だとは思っていたが、今さらながらもしかして知らされてないだけかもしれない、と思ったのだ。
もしそうならば、仲間としてまだ信用されていないということではないのだろうか。
「あはっは、俺様に組織は似合わねぇよ」
「ただの噂か?嘘なのか?」
「完全に嘘ってわけじゃあねぇ。ま、じいさまやおやじの代に色々あったってことだよ。俺には関係ないね」
三代続く、由緒正しい大泥棒。
確かに受け継ぐものは多かっただろう。
五右エ門にも覚えがないわけではない。なんといっても石川家の場合は13代もの流れを組む。
ルパンはその受け継いだものを簡単に捨て去ったということなのだろう。
ルパンの名と泥棒家業、引き継いだものはきっとそれだけなのだ。
だからこの男は自由で強いのかもしれない、と五右エ門はふと思った。
「そうか」
「そうよ、だいたい人数が多ければいいという訳じゃないだろ、この世界は。足手まといはいらねぇよ」
「そうだな」
「俺の仲間は俺が選んで俺を選んだヤツだけさ」
「おぬしを選んだ?どういう意味だ?」
言葉の意味がわからなかった五右エ門は素直に問い返した。
ルパンは少し目を見張ったが、すぐにおかしそうに笑って答えた。
「そのままの意味さ。俺が次元を選んで次元が俺を選んだ。だから俺と次元は仲間だ。こういうのは一方通行じゃ駄目だろ?
お前が俺たちを選んで俺たちがお前を選んだのと一緒さ」
ここだ、とルパンは思った。今がチャンスだ、逃してはいけない。間違えてもいけない。
一言一言、しっかりと五右エ門の目を見据えて言ったのだが、返ってきた答えは想像の通りだった。
少し考えたあと「それは違うだろう」と五右エ門は言った。
「なにが?」
「拙者のことは・・・おぬしたちが選んだんじゃなく、おぬしが選んだのであろう」
ホラ、やっぱり。思った通りだ。
ルパンは鬼の首を取った気分だったが、表面上にそれは見せない。
「なに言ってんだ。命預けるんだぜ?俺の意見だけで仲間を増やすはずないだろ」
「なに?」
「お前を仲間に加えていいって次元が言ったから俺はお前を口説いたのさ」
五右エ門の目が見開かれる。
きっとそんなこと考えたことなかったのだろう。
「そう・・・なのか?」
「おうよ。お前だって『俺』を選んだんじゃなく『俺たち』を選んだんだろ?違ったか?」
「いや、違わぬ」
はっきりとした答え。この言葉に嘘はない。
ルパンは知っていた。いや、ルパンしか知らなかったのだ。
ふたりがお互いを認め合って仲間になることを了承していることを。
次元と五右エ門はルパンを介して接触していた。
最初の勝負以降にふたりが会ったのは、五右エ門が仲間になったときだ。
だから、ふたりは知らなかった。お互いが認めあっていることを。
「俺たちはお互い選び選ばれた仲間ってことさ。遠慮はいらねぇんだぜ?」
ホラ、次元。お前もわかっただろう?
心の中で相棒に問いかけると、それに返事をするようにドアが開かれた。
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうがよ」
「次元。立ち聞きかよ、人悪いなぁ」
呆れた顔をしてみせたルパンをジロリと次元は睨みつける。
聞かせるつもりだったくせに何言ってやがるんだ。この酒盛り自体、これが目的だったんだろうが。
そう思うが、それは口には出さない。
「入り図らい話題だから遠慮してやってたんだよ」
ドカドカと部屋に入り、元いた場所にドカリと座る。
「・・・」
「・・・」
五右エ門は目の前に座った黒い男をまじまじとみた。
次元も目の前に座っている侍をまじまじとみる。
今更気恥ずかしくってなんと言ったらいいのかわからないが、嬉しいという気持ちが湧き上がってくるのを止められない。
「で、何を言いたいのさ」
微妙な雰囲気をぶち壊すようにルパンが陽気な声で次元に尋ねた。
その声に次元は視線を五右エ門からルパンに移した。
ニヤニヤと笑う相棒の顔がシャクに触るが、ここはきっと感謝しなくてはいけないところなのだろう。
だが、言いたいことは遠慮なく言っておく。
「俺は不二子は選んじゃいねぇぜ?」
あの女のことも、ルパンは仲間扱いだ。
命も預けられねぇ、それところかあの女と組んだ日には命の危険もある。
仲間じゃねぇぞ、という抗議であったが、ルパンはヘロっと笑った。
「不二子ちゃんもお前を選んじゃいねぇさ。彼女は特別。俺様の独断で大事なお仲間なの」
「言ってること違うじゃねぇか!?」
「女の子は別格よ。さっきの法則はむさ苦しい男相手のときだけ」
そのむさ苦しい男も、世話ぁ焼けるから困ったもんだけどね。
口には出さずルパンは心の中でそういって、ふたりの相棒をニヤニヤ笑いながら眺めた。
きっともう、ルパンだけが気がついていたふたりの間の薄い薄い膜は破れたはずだ。
その証拠に。
「「不二子が女の子ってたまか!」」
ふたりはハモッて抗議の声をあげ、同時にルパンに詰め寄ったのだ。
息が合っている、さすが俺の相棒。
ルパンは楽しそうにガハガハと大口をあけて笑い出したのだった。
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