■次元と焼き菓子■
 
 
 
 

 
腹が痛ぇ。
原因はわかっている、さっき喰ったアレのせいだ。
というか、今日はアレ以外喰ってねぇんだから他に原因があるとは到底思えない。


遡ること数日前。
珍しく不二子が焼き菓子を持って訪ねてきた。
更に珍しいというか、怖ろしいことにそれは手作りということだった。
「なに企んでやがる」
「失礼ねぇ!私がお菓子を作っちゃいけないの?」
「似あわねぇな」
「じゃ、あげないわよ!」
「いらねぇよ、そんなもの」
俺の言葉で不機嫌になった不二子を宥めようとヘコヘコしながらルパンが不二子のために椅子を引く。
ジロリと俺を睨んだが完全無視してやった。
「不二子ちゃん、コーヒーで良いかしら?」
「イヤ!アールグレーをお願い」
「拙者は日本茶が良いでござる」
ダブルの我侭お姫様相手にルパンはガックリと肩を落としつつ、それでもいそいそと三人分の茶を入れた。
不二子の機嫌を損ねた俺への罰のつもりなのか、俺にはなにもなしだ。
ま、手元にさっき煎れたコーヒーがあるから全然構わないが。
「さ、不二子ちゃん、お菓子だして。うわーお、美味そう!」
大げさなルパンの声。
なにをへつらってんだか、見てられねぇ。
なんやかんや言いながらも、テーブルを囲んでやつらはティータイムに突入した。
「ん?なかなか旨いでござる」
「まあ、五右エ門の口に合ったなんて光栄ね」
「さすが、不二子ちゃん、何やらせてもパーフェクト!」
「ふふふ」
五右エ門は嘘をついたり人の機嫌をとったりしない。
そんなヤツからの素朴な賞賛は不二子の機嫌を直したらしい。
ルパンのチヤホヤした態度も女のプライドを擽って機嫌を直す一環を果たしたんだろうが、五右エ門の言葉によるものの方が大きそうだ。
「本当に旨いぞ、不二子」
「でもそれ、作り方すごく簡単なのよ」
「そうなのか?」
「そうよ、五右エ門にだって作れると思うわ。貴方、割とお料理上手でしょう?」
不二子と五右エ門。
まるで女同士の会話みたいだぞ。
離れたソファーに座って遠くから眺めていた俺はそう思ってちょっと笑った。
そんなこと思ったことが五右エ門にばれたら一瞬で残鉄剣の露に消えること間違いないが。
「そんなことはないが」
「いや、五右エ門は自分の好きなもの作らせたらすっげぇ上手いよ」
「そうそう、この間の煮物は美味しかったはわぁ♪」
五右エ門は自分の食べたいものなら旨く作る。
日本食なんか作らせたら絶品だ。
その代わり興味のないもの、好きでないものになると話は変わる。
ヤツの興味のないもの、つまり洋食だと作れない、というかステーキが消し炭になることも多い。
あの差はなんなのか、原材料はほとんど変わらないのにある意味不思議なくらいだ。
「・・・作ってみる?」
「え?」
「これの作り方、教えてあげましょうか?すっごく簡単よ」
ニコニコと不二子が満面の笑みを浮かべている。
・・・珍しい。
ありゃぁ、何も企んでいない、純粋に好意で言っている顔だぞ。
なんだかんだ言っても不二子のやつ、五右エ門のこと気に入っているからなぁ。
五右エ門は不二子の顔をみてウーンと少し考え込んでいたが、手にした一欠けをパクリと口に押し込み咀嚼したあと「うむ」と答えた。


俺は甘い物が好きじゃない。
五右エ門の手作りの菓子ってのには興味を惹かれたが、食べるつもりは更々なかった。
さて作ろうかと五右エ門と一緒に台所へ向かった不二子に「貴方にはあげないわよ。嫌いなんでしょ」と言われ売り言葉に買い言葉。
「はっ、誰がそんなもんいるか。頼まれたっていらねぇよ」
と答えちまったからな。
そしてその夜の夕食後のティータイムには五右エ門手作りの焼き菓子が並んでいた。
見た目は綺麗だ。不二子の持ってきたものと変わりない。
俺は食べなかったが味もよかったみたいだ。
2回目のティータイム、それも同じ菓子だというのに、ルパンは文句も言わず、それどころか旨いと言って喰ってたし。
不二子も五右エ門も旨そうに何個も喰っていた。
夕食後にあれだけの甘いもの。みている俺がゲンナリしそうなくらいだった。

翌日。
冷蔵庫をあけると大皿のうえに焼き菓子が置いてあった。
いったい幾つ焼いたんだ。夜にあれだけ喰ったくせにまだこんなにあるのか。
呆れた俺の目に映ったのは大皿の横に置かれた小皿。
焼き菓子がふたつ置かれラップが貼ってある。
そしてその上にはマジックで『次元』と書かれていた。
俺の・・・分らしい。
五右エ門がこんな可愛らしい真似をしたかと思うと、つい笑っちまった。
手を伸ばして小皿を持ち上げようとして俺はハッとあることに気がついた。
もしこれが五右エ門じゃなく不二子の仕業だったら?
あの女、何を仕掛けているかわかったもんじゃねぇ。
危ねぇ危ねぇと呟きながら俺は小皿を横に押しやって、奥から食材を取り出した。

大皿の焼き菓子はあっという間になくなった。
たぶん全部五右エ門の腹の中に収まったんだろう。
あんな喰うのにあの細さ。大したもんだ、とちょっと感心する。
冷蔵庫の中の小皿は健在で未だふたつの焼き菓子が置かれ、ラップには『次元』と書かれている。
五右エ門は何も言わない、喰えと強要しない。
ただ俺用の焼き菓子がいつまでも冷蔵庫に入ってるだけだった。
「おい、次元、食えば?」
「あの女が何を企んでるかわかんねぇからな。喰えるか」
「何言ってんだよ、ありゃぁ、五右エ門がやったんだぜ?」
「あ?」
「なかなか旨かったぜ〜?」
そうか、五右エ門が気を使ってくれてたのか。
そりゃあ、悪いことをしたな。
自分が作ったものを食べずに完全無視されて、五右エ門は傷ついただろうか。
あいつの態度を見る限り、そういった様子はないんだが。
だが、せっかくだし・・・喰うか。
小皿を冷蔵庫から取り出して『次元』と書かれたラップを外す。
焦げ目も綺麗についていて見た目、市販のものと変わらないようにみえる。
コーヒーを片手に焼き菓子を摘んで齧った。
甘さ控えめで意外と旨い。はじめて作った割りになかなかやるじゃないか。
やっぱりあいつは自分の好きなものに関しては、はじめてでも巧く作るもんだ。
そんなことを考えながらコーヒーと一緒に焼き菓子2個は俺の腹の中に収まった。


「アホか、おぬしは」
薬と水を差し出しながら五右エ門は呆れたように言った。
「なんだでだよ」
失礼なやつだな。
お前の作ったものを喰って、下した俺になに言いやがるんだ。
不満そうな顔をしながらも薬を受け取り、無理矢理水で流し込む。
「あれを作ったのはいつだと思っている。傷んでいるのがわからなかったのか?」
「味は全然おかしくなかったぜ?ちゃんと焼き菓子の味がして、旨かった」
ちょっと五右エ門が驚いた顔をして、そして少し笑った。
旨かったと言ったのが嬉しかったらしい。
なんか子供みたいで可愛いんだよな、こういうところが。
「そうか。だが触った感じはおかしかっただろう?」
「ん?」
「拙者はそろそろ捨てなくてはならないなと思って昨夜触ってみたのだが」
「そういえば・・・」
焼き菓子なのに表面はちょっとヌチャっとしてたな。
あまり菓子は食べねぇし、手作り菓子となっちゃほとんど喰ったことがない。
だからああいうものかと思ったんだが。
「だが、味は全然おかしくなかったんだがなぁ」
そうか傷んでたのか。気がつかなかった。
腹を摩りながら呟く俺を五右エ門が楽しげにみつめている。
「なんだよ」
「おぬし、そういうところが可愛いな」
「なっ!?」
俺が可愛い!?
言うに事欠いてこの俺が可愛いだと!?
「子供みたいだ」
それはお前のことだろうが!!!
そう叫びたかったが、意外なやつから意外な言葉を投げかけられた俺は口をパクパクすることしかできなかった。
「また作る故。そのときは素直に喰うんだな」
ハハハ、と笑いながら五右エ門は空いたグラスを持って部屋を出て行った。
「・・・誰が喰うか!」
扉が閉まってからようやく俺はこう叫んだ。
その声が聞こえたのか、扉の向こうから一層激しい五右エ門の笑い声が聞こえた。
それに交じってルパンの笑い声も。
ふたりの笑い声にムッときた俺はもう一度怒鳴ろうとしたが、腹筋に力が入ったせいか腹がグリュリと鳴った。
「くっそーーーー!!」
小さい声で吐き捨てながら俺はそのまま便所に直行した。

このことが不二子にバレねぇようにふたりを口止めしとかなきゃぁならねぇと思いながら、
結局俺は一日便所と仲良くしたのだった。
 
 
 
 
 

■JIGEN TO YAKIGASHI■
   

    
 
 
   
 ■あとがき■

これは夏にお腹を壊したときに「腹いたい・・・」と言いながら書いたものです。
たぶん原因は妹が作ったマドレーヌ。
冷蔵庫に入ってたけど2〜3日経ってたし、味は普通だったけど触ったらちょっとベタついてた。
食べないでいようかな・・・とも思ったけどラップに『姉』と書かれていたので
これで食べ残してあったら何言われるかわからん、と思って食したのでした。
そして、腹壊した。
その体験(?)をほぼぞのまま次元に適用してみました。
転んでもただでは起きないですよ。
腹下しもすべてジゲゴエの肥しです(爆笑)

 
 
 

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