■日本の夏、緊張の夏■
 
 
 
 

 
「あっちぃ〜」
手でパタパタと扇ぎながら黒い男がゲンナリといった風情で呟いた。
ムシムシした暑さ。
シャツが肌に纏わりつく気持ちの悪い感触。
じんわりと吹き出る汗が苛々感を募らせる。
「日本の夏はジメジメしてていけねぇや。これが南国だったらなぁ」
同じ暑さでも南国はカラっとしている。
湿気がない分陽射しが強く焼けつく光は刺すように痛いが、太陽を避け日陰に入ればそれなりに過ごしやすい。
だが日本の場合、日向にいようが日陰にいようが蒸し返る暑さはどこでも同じで逃げようがないのだ。
エアコンのある部屋でのんびりしているのならいいが、なんせ今は仕事中。
ルパンをサポートする役目を割り振られている。
空調設備もないこの廃ビルの片隅で連絡待ちなのだ。
どこにも行けない、いつ連絡があるかもわからない、軽い緊張が続く中でのこの暑さ。
次元は暑い暑いとブツブツ呟き続ける。
「うるさい」
同じく待機中の侍が強い口調で言った。
「なんだよ、うるさいってのは」
「うるさいはうるさいだ。夏だから暑いのは当たり前だ。ブツブツ文句を垂れるな、鬱陶しい」
目を閉じ壁を背に地べたに座り込んでいる五右エ門を不機嫌そうにジロリと睨みつける。
うるさいのはわかっている。
文句を言ったからといって涼しくなるわけでもない。
だが、言わずにいれないくらい蒸し暑いのだ。
わかっていてもつい文句を垂れてしまう、それが人間というものだ。
「そんなに暑いなら黒いスーツなど着なければいいのでござる」
こんなに蒸し暑い日本の夏。
それなのに次元はいつもの黒いスーツだ。
それはもう暑くない方がおかしい、というか傍目からみればそんな格好でいることがおかしい。
見ているだけで汗が吹き出るだろうというくらい暑苦しい格好なのである。
「これは俺のユニホームみたいなもんなんだよ、仕事中に他のモンが着れるかよっ」
ケッと吐き出すように反論すると、五右エ門は目をあけて次元をみつめた。
「クールビズにすればよかろう」
「クールビズゥ?」
背広なし、半袖、ネクタイもなし。
Tシャツ短パンというわけではない、基本はスーツの軽量版だ。
そんな格好なら抵抗もあまり感じないだろうし、少しは涼しいだろう。
「あんな中途半端な格好できるかよ」
「じゃあ、文句を言うな」
スーツを脱ぐことを自ら拒否するのだ、暑さに文句をいう資格はない、と侍五右エ門は言葉のうえでもバッサリと切る。
グッと次元が声を詰まらせる。
わかっている、わかっているんだ、自分が我侭を言っていることは。
だがそれを指摘されると腹が立ってくる。
そう思いながら五右エ門を睨みつけていた次元はハタリとあることに気がついた。
同じ条件下にいる侍が全然暑そうにしていないのだ。
五右エ門だって着ているのはいつも通りの和装。
まあ、一応夏用なのだろうがしっかり着込んでいるのは次元と同じ。
胸元が開いているとはいえ暑くないはずはないのに。
次元は腰を浮かせるとジリジリと五右エ門にズリ寄っていく。
五右エ門が訝しげな顔で近づく次元をみつめている。
その白い顔に汗ひとつかいていないことに気がついて次元は驚いた表情を浮かべた。
「お前、暑くねぇのか?」
真正面、あと20〜30センチというところまでの大接近。
それでも流れる汗を確認することは出来ない。
「心頭滅却すれば火もまた涼し。おぬしは修行が足らん」
ツンと顔を背け言い放つ。
小憎らしい態度である。
次元は近づくのをやめず、ふたりの距離はないも等しいくらいにまでなった。
あまりの急接近に眉を顰め訝しげな表情を強くして、前に向き直ろうとした五右エ門だったが。
顔を戻すよりも早く、首筋にぬるりとした感触が走った。
一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに首筋を手で押さえ慌てて後方へ逃げた。
ドンと背中に壁があたる。
「何をする!!」
怒鳴る五右エ門が今までいた場所には舌をベロリと出したままの次元。
「しょっぺぇ」
「なに?」
「お前だって汗かいてるじゃねぇか、な〜にが火もまた涼しだ」
次元は満足気にニヤリと笑って、近寄って来た時と同じくズリズリと元いた位置まで戻っていく。
通信機の前に陣取りなおし「暑ちい」と大きく溜息を吐いた。
次元の言い様に呆然としていた五右エ門だったが、すぐさま顔を朱に染めて怒鳴った。
「なんで確認するのに舐めんといかんのだっ」
「だってその方が楽しいだろ」
ニヤニヤと笑いながらふてぶてしく答える次元を五右エ門がジロリと睨みつけるが、色々な意味でご機嫌になった次元にはなんの効果もない。
「少しは緊張感を持って仕事しろっ」
「こんなに暑けりゃ、緊張も持続しねぇんだよ」
暑い暑いと呟きながら、次元は通信機に視線を戻した。
たぶんもうすぐルパンから連絡がくる。それまでの辛抱だ。
だが。
「やっぱ日本の夏はじめじめしてていけねぇ。あっちぃ」
ぼやくことを止めるつもりはないらしい。
パタパタと手で気持ちばかりの微風を送りながら呟く次元と、それを不機嫌そうに眺める五右エ門。
少しすると五右エ門は諦めたのか呆れたような溜息を吐いて再び目を閉じた。
瞑想に入った侍に少し離れた場所から視線を送って、次元は微かな塩味のした肌の感触を思い出しながら
「マジ暑いぜ」と唇を笑いに歪め、もう一度呟いた。
 
 
 
 
 

■NIPPONNONATSU,KINCHONONATSU■
   

    
 
 
   
 ■あとがき■
暑中お見舞い申し上げます。

ということで、夏ジゲゴエです。

暑けりゃ次元はスーツを脱ぐと思います。
でもあえて今回は脱がない次元。
そしてボヤくと。(笑)
きっと五右エ門はウザかろうと思いつつも
私自身『暑い、暑い』と文句垂れてます(^^;)

 
 
 

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