今回の仕事はタイミングが大事だ。
とルパンは言った。
仕事だと呼び出されて十日以上。
準備万端いつでも実行可能な状態なのになかなかそのタイミングは訪れない。
最初は気も張っていたがこう日数が経てばだらけてくる。
今、このアジトで張りのある時間を過ごしているのは五右エ門だけであった。
ルパンはテレビを見てナハハと笑い、次元はソファーに寝転がって煙草を吹かしている。
帽子の下に隠された目は窓の外に向けられ、瞑想中の五右エ門に注がれていた。
「なあ、ルパン。いつになったら始めるんだ」
「ん?」
「仕事だよ、シゴト!」
TVに向けたニヤけた顔のまま次元を振り返った猿顔に吐き捨てるように聞く。
「うーん。まだだなぁ。さっきの連絡からいくと、少なくとも今日はなーんにもないね」
誰からの連絡かは聞かない。
聞くと嫌な気分になること間違いないし、仕事だってしたくなくなる可能性が高い。
また騙されてるんじゃないかと苦々しく思うが、とりあえず今日はこのままらしい。
次元は少し考え込んだあとムクリと体を起こしルパンに向き直った。
「ルパン、お前2〜3時間でいいから出かけて来いよ」
「なんだよいきなり」
本当にいきなりである。
何言ってんだこいつ、という表情のルパンが目を丸くして次元をみつめる。
「すぐに仕事に入らねぇんだろ」
「そうだけど、なーんで俺が用もないのにおでかけしなくっちゃなんねぇの」
次元が帽子ごと頭をガシガシと掻く。
フィルター近くまで短くなった煙草を山盛りになった灰皿に押し付ける。
「あーもう、限界っていうか」
「あぁ?なにがだ?」
ルパンの質問には答えず、新しい煙草に火をつけ思いっきり煙を吸い込む。
それを同じくらい思いっきり吐き出して次元は大きく溜息を吐いた。
「はあぁ」
焦燥感がある。
だが疲れ果てているわけではない。別のなにかである。
少し考え込んだルパンだったがすぐにその理由らしきものに思い当たった。
「ああ!!ウヒヒッ」
「なんだよ」
厭らしいニタニタ笑いを浮かべたルパンを次元はじろりと睨みつけた。
「煮詰まっちゃってるんだな〜と」
愉しげな様子に少し苛苛するが、ここで意地を張っても無駄だ。
今はルパンの協力が必要なのだ。
アジトから追い出すからにはその理由を隠すことはできない。
「・・・いなけりゃどうにかなるんだが、目の前うろうろされちゃぁな。はぁ」
五右エ門が修行なんかに行った日にはそれこそ月単位で会わないことも珍しくない。
だから、たかが十日くらいと自分でも思わないでもないのだが、目の前にいるのといないのとではその効果は全然違うのだ。
「俺に遠慮しなくてもいいのよ?」
「俺とお前がよくってもあいつがなぁ嫌がるんだ」
「五右エ門ちゃんは恥ずかしがりやさんだからねぇ」
「ちょっと違うが・・・まあそんなもんか。とにかく誰かいると絶対拒否るんだよ」
次元だってルパンがいないときの方がいいが、別にいたって構わないとも思う。
だが五右エ門は頑なで、ふたりっきりのとき以外は絶対に次元の誘いには乗らないのだ。
「ふっふっふ♪惚れてるねぇ」
どんなに己が切羽詰っていても五右エ門の意思を尊重するあたりに愛を感じる。
「当たり前だ。じゃなきゃ誰が男相手にサカルか。堅物相手じゃ命がいくつあっても足りないぜ」
弱々しげに呟く次元である。
いつもだったら余計なお世話だとか、口を閉じてろとか言ってヘタすれば銃を向けてくるものだが、かなり憔悴しているらしい。
五右エ門とのことをからかっても反撃しない次元をみて、ルパンはニヤリと笑った。
前々から一度は聞いてみたかったことがあるのだ。
ただの興味、ただのデバガメ根性だが、これは千載一遇のチャンスである。
このチャンスを逃がしてはなるまいとルパンは椅子ごと次元に寄り付いてヒソヒソと聞いた。
「なぁなぁ、五右エ門って・・・どうなのよ?」
「は?」
「日頃ストイックなおサムライさんがどんな風になっちゃうのかなぁ、な〜んて♪」
ウヒヒヒと笑い、スキモノ狒々爺みたいに厭らしい目で次元をみつめている。
「アホかっ」
「いいじゃん少しくら〜いv」
質問の意味を理解して怒鳴る次元にルパンは全然怯まない。
「・・・死にてぇのか」
「あら、怒っちゃた?いいじゃん、男ならケチケチすんなよなぁ?」
叫んだものの、外で修行中の五右エ門に気がつかれてはならないと、再びトーンを落とした次元の声はまるで地獄の番人のようなドスの効いた声である。
が、やっぱりルパンは気にしない。それどころか益々煽るようなことを言ってくる。
こいつよくわかってねぇのか、と次元は呆れて肩をガックリと落とす。
「俺じゃねえ」
「あ?」
「お前だけじゃねぇ。しゃべった俺も殺される」
一瞬、次元の言った意味がわからず呆けたルパンだったが、すぐにその意味を理解し次元と同じくガックリと肩を落とした。
せっかくのチャンスだと思ったのだが、よく考えれば確かにそうだ。
「・・・・あーあ、なんであいつはああも最強なのかねぇ」
ルパンは興味を引っ込めて諦めたように呟いた。
ま、聞けないのならそのうち一回くらいは覗いてやるか。
そんな五右エ門が聞いたら速攻で斬鉄剣の露にしてしまいそうなことを考えながらルパンは椅子から立ち上がり、ンーと体を伸ばした。
「貸しにしといてやるよ」
「すまねえ」
「3時間だけだからな〜」
ジャケットを着込んだルパンがヒラヒラと手を振りながらドアの向こうに消える。
「すまねぇな」
聞こえないことはわかっていても次元はもう一度礼を言う。
車のエンジン音。走り去っていくタイヤの音が小さくなっていく。
「さーてと」
次元はソファから立ち上がり、貴重な3時間を有効に使うべく瞑想中の五右エ門に向かって歩きだした。
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