■いい子いい子■


木漏れ日。小川のせせらぎ。風のにおい。
ずっと、ずっと、還りたかった場所。
此処に戻ってくれば。
この土地で以前のように日々を過ごせば。
何もかも取り返せると思っていた。

懐かしいシャイヤは何も変らない。
あの凄惨な日々を迎える前も。
すべてが終った後も。
同じく穏やかな刻がゆるやかに流れている。

変ってしまったのは自分。
元に還れなかったもの自分。

誰のせいでもない。
何のせいでもない。

でも。
あの旅は。
あの指輪は。
魂の根本を変質させてしまった。

愛しさも懐かしさも安らぎも。
すべてが此処にあったはずなのに。
それはどうしても取り戻せなかった。
表面を滑って地に落ちて。
何も内部へは浸透していかないのだ。

誰のせいでもない。
何のせいでもない。

でも。
だから。
もう此処には留まれない。





澄んだ空気を肺の奥まで吸い込む。
顔を上げると眩しいくらいの日差し。
尻に敷かれた草々は柔らかく。
新緑の香が鼻腔を擽る。

小高い丘に座って故郷を見渡す。
なんて美しく、穏やかなのだろうと思う。

伸ばした足の上に重みを感じて、フロドは視線を下ろした。
陽を受けて綺羅綺羅と光る金色の髪がフロドの下肢を覆っていた。
スラリと均整の取れた体躯が緑に覆われた地面にうつ伏せている。
二本の腕が腰に絡みつく。
子供のように抱きついている。

俯いた顔は視えない。
でも、それでいいと思う。
どんな表情をしているか視ない方がいい。
それに。

視なくてもわかる。

金色の頭を両手でそっと抱きこむ。
サラサラで真っ直ぐな髪が指の間を滑り落ちる。
愛しむように。
慰めるように。
優しくそっとその髪を撫でる。
何度も、何度も、ゆっくりと。





交わったはずの道は。
平行せずに、そのまま分かれてしまう。
共にずっと進んで生きたかったけれど。

今は離れる時。

でも、きっと。
遠い未来に再び交わる日が来る。





それはいつかわからないけど。





腕の中のお互いのぬくもりを。

けっして忘れずに行こうと。
美しく懐かしい景色の中。
心の奥にそっと仕舞い込んだ。

 
 
 
 

   
  
 ■あとがき■
「別れ」がテーマ。
フロドが海を渡る前の話。
対になるのは「06 その瞳に映るもの」です。


   

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