【S-SIDE】
「セバスチャン、手を」
極稀に、そして気まぐれに主は云う。
私は無言で手袋をはずし、契約印が刻まれた左手を主に差し出す。
ちいさな手がそっと私の手を包み込む。
暖かい。
この瞬間、いつも私が思うことは同じだった。
子供の高い体温がゆっくりと移ってくるような気がする。
主は無言で、そして無表情で私の手をしばらく握ったあと、ゆっくりとした動きで細い指を袖の中に忍び込ませてくる。
深夜の、眠る前のベッドに主は腰掛けている。
華奢な身を包んでいるのはたった一枚のナイティだけ。
この状況でこのようなことをされれば、普通は誘われているのだと思う。
だが、この子供からはそのような情欲や感情は伝わってこない。
探るように袖の中で動く指。
素肌を滑る感触に妙な気分が湧き上がって来そうだ。
悪魔のくせに。
こんな些細な接触で、こんな子供に煽られてどうする。
じっと動かずされるがままでいると、主はふっと小さく口角をあげた。
いつもだ。
いつも主はこんな顔を、安心したような自嘲しているような不思議な笑みを浮かべるのだ。
するりと温かい手が離れていく。
「もういい、さがれ」
そう云うと主はベッドに潜り込み、私に背を向ける。
私は乱れた袖口を直し手袋を嵌め、燭台を手にする。
「おやすみなさいませ」
広いベッドに収まった小さい背中に一礼して、部屋を出る。
この意味を。
この行動の意味を主に問いたい衝動が、繰り返される度に大きくなっていく。
だが、反対に問いただすことを躊躇う気持ちも大きくなっている。
悪魔さえも翻弄する主に敬意を示し、私はもう一度、扉越しに一礼した。
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